食事をすれば、お腹いっぱいになる。
これは当たり前だ。
ラーメンを一杯食べる。
定食を食べる。
焼肉を食べ放題でたくさん食べる。
胃の中に食べ物が入れば、満腹感が出てくる。
では、好きな女性とキスをした夜はどうなのだろう。
もちろん、キスそのものがお腹を満たしてくれるわけではない。
それなのに、恋愛で気持ちが満たされた夜には、
「なんだか今日は、もう十分だな」
と感じることがある。
食べ物をたくさん食べたわけでもない。
それなのに、いつもの夜より満たされている。
これは何なのだろう。
今回はSoloEatらしく、「食べる満足」と「人と過ごすことで得られる満足」の違いについて考えてみた。
キスをしても胃袋は満たされない
最初にはっきりさせておきたい。
キスをしたからといって、当然ながら胃の中に食べ物が入るわけではない。
つまり、
「キス=食事の代わり」ではない。
何も食べなければ、身体に必要なエネルギーや栄養を摂取できない。
ここは別の話だ。
しかし、人間が感じる「満たされた」という感覚は、胃袋だけで決まっているわけでもない。
そこが面白い。
「お腹いっぱい」と「満たされた」は違う
例えば、お腹いっぱい食べたのに、なぜか物足りない夜がある。
逆に、それほど食べていないのに満足している夜もある。
この違いを考えると、
「胃袋がいっぱい」
と、
「気持ちが満たされている」
は別物だと分かる。
好きな人と会えた。
たくさん話せた。
笑った。
手をつないだ。
そしてキスをした。
そんな夜なら、食事とは別の部分で大きな満足感を得ることがある。
その満足感を、私たちは日常的な言葉として「お腹いっぱい」と表現することがあるのかもしれない。
デートの食事は味だけではない
デートで食べた料理を思い出してみる。
料理そのものがものすごく美味しかったから記憶に残っている場合もある。
でも、それだけではない。
誰と食べたか。
どんな話をしたか。
そのあと何があったか。
そういった出来事までセットになって、一回の食事として記憶されている。
一人で食べた1000円の料理より、好きな人と食べた500円の料理のほうを何年も覚えている。
そんなことだってある。
料理の値段と記憶の強さは比例しない。
むしろ、人との関係によって食事の印象が大きく変わることがある。
キスしたあとは食欲を忘れることもある
好きな女性とキスをした。
嬉しかった。
緊張した。
ドキドキした。
その出来事について考えていると、それまで感じていた空腹を一時的に意識しなくなることもある。
帰り道でも、
「何を食べようかな」
ではなく、
「今日のこと、忘れないだろうな」
と考えている。
頭の中を占めているものが食事ではなくなる。
だから、「キスしたら本当に満腹になった」というより、
食欲より大きな感情が一時的に前へ出てきた
と考えたほうが近いのかもしれない。
一人になってから思い出す
デートが終わる。
彼女と別れる。
そして、一人で帰る。
ここからSoloEatの時間になる。
コンビニに寄ることもある。
家で簡単なものを食べることもある。
何も買わず、そのまま帰ることもある。
普段なら、
「ラーメンでも食べようかな」
「コンビニで何か買おうかな」
と考える。
ところが、気持ちが満たされた日は違う。
食べ物より、さっきまで一緒にいた相手のことを考えている。
キスした瞬間。
話した内容。
別れ際の表情。
そういう記憶が頭の中を何度も回る。
身体は一人で家に帰っている。
でも気持ちは、まだデートの続きにいる。
恋愛と食欲は少し似ているのかもしれない
食欲には「欲しい」という感覚がある。
お腹が空けば、
「食べたい」
と思う。
食べて満足すると、
「もういい」
となる。
恋愛にも似た部分がある。
会いたい。
話したい。
近くにいたい。
そう思っていた相手と実際に会えれば、大きな満足感が生まれる。
もちろん、食欲と恋愛感情は同じではない。
ただ、人間にはさまざまな「満たされたい」という感覚がある。
食事は、その一つなのだと思う。
豪華な食事より記憶に残る夜
高級レストランに行けば、必ず最高の夜になるわけではない。
豪華なコース料理を食べても、相手との会話がぎこちなければ寂しい食事になることもある。
反対に、普通の店で簡単な料理を食べただけでも、好きな人と楽しく過ごせれば忘れられない夜になる。
さらに、その帰りにキスをした。
そうなれば、料理以上にその出来事が記憶に残ることもある。
後から、
「あの日、何を食べたっけ?」
と思っても、
「キスしたことは覚えている」
ということだってあるだろう。
人間の記憶は面白い。
SoloEatで考える「満腹」の意味
SoloEatでは、基本的に一人で食べることについて書いている。
一人ラーメン。
一人焼肉。
コンビニ飯。
家で食べる簡単な料理。
そういうものが中心になる。
しかし、「食べる」という行為を記録していくと、逆に食べ物以外の満足感について考えることがある。
寂しい日にたくさん食べてしまうこともある。
嬉しい日は少ない食事でも満足することがある。
つまり食事は、感情と完全に切り離されているわけではない。
だから「何を食べたか」だけではなく、
その日どんな気持ちで食べたのか
まで記録すると、一人飯はもっと面白くなる。
ただし、ちゃんと食べる
恋愛で満たされたからといって、食事が不要になるわけではない。
これは忘れないようにしたい。
身体は身体だ。
気持ちが満たされていても、必要な栄養まで恋愛から得られるわけではない。
デートで胸がいっぱいになって、
「今日は何もいらない」
と思う夜があってもいい。
でも、それが続くなら別だ。
簡単なものでも食べる。
水分も取る。
気持ちの満足と身体の健康は、分けて考えたほうがいい。
まとめ|キスで満腹になるのではなく、心が満たされる
では、キスした夜はお腹いっぱいになるのか。
答えは、
本当の意味でお腹いっぱいになるわけではない。
それでも、「もう十分満たされた」と感じることはある。
好きな人と会えた。
一緒に食事をした。
たくさん話した。
そしてキスをした。
そんな一日の最後なら、食べ物とは違う満足感でいっぱいになることがある。
だから、いつものように夜食を探す気分にならない。
何かを食べるより、今日あったことを思い出していたい。
そんな夜もある。
食事で満たされる胃袋。
人との時間で満たされる気持ち。
似ているようで、まったく違う。
でも、その二つは意外と近いところにあるのかもしれない。
キスをしたから、お腹いっぱいになったわけではない。
ただ、その夜は食べ物とは別のもので十分に満たされていた。
一人になった帰り道でそんなことを感じる夜も、私にとっては「食」の記憶の一部なのである。


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