毎日、カップ麺を食べ続けた結果。

Solo Grab & Eat(買って食べる)

「今日はもう、これでいいや」が増えていった

気づけば、
カップ麺を食べる日が増えていた。

最初は、
たまにだった。

疲れた日。

何もしたくない日。

雨の日。

深夜。

「今日はもう料理いいか」

そんな日に、
お湯を注いでいた。

でも、
それが少しずつ増えていく。

気づけば、
コンビニで自然にカップ麺コーナーへ向かっている。

もう、
考えなくても体が動く。

カップ麺は“疲れた人類のインフラ”だと思う

正直、
カップ麺って凄い。

安い。

早い。

うまい。

洗い物なし。

しかも、
深夜でも成立する。

これは強い。

特に、
ひとり暮らしだと、
この性能が刺さる。

帰宅して、
体力ゼロ。

料理する気力なし。

外食へ行く気力もない。

そんな時、
3分で完成する。

しかも温かい。

これは、
人類が発明した“回復装置”に近い。

でも、毎日になると少し違ってくる

ただ、
毎日になると、
少し変わる。

まず、
舌がバグる。

味が濃い。

油が強い。

塩分も強い。

最初は刺激として気持ちいい。

でも、
続けると、
普通の味が薄く感じ始める。

これは少し怖かった。

味覚が、
“濃さ基準”になっていく。

食べた直後は幸福感がある

不思議なのが、
食べた直後。

かなり幸福感がある。

特に、
寒い夜。

疲れて帰ったあと。

部屋が静かな時。

湯気。

濃いスープ。

ジャンクな香り。

これが妙に染みる。

「生き返る…」

って感覚がある。

だから、
やめにくい。

でも翌朝、体が重い

ただ、
翌朝が違う。

重い。

喉が乾く。

顔がむくむ。

胃がだるい。

なんというか、
“回復したはずなのに回復していない”。

これが増えていった。

若い頃は、
ここまで感じなかった。

でも年齢を重ねると、
体が正直になる。

カップ麺生活は、メンタルとも関係していた

あと、
これはかなり思った。

カップ麺生活って、
精神状態とも関係している。

メンタルが落ちる

料理しなくなる

カップ麺増える

体調落ちる

さらにメンタル落ちる

このループ。

かなりある。

逆に、
精神状態が安定してる時って、
ちゃんと店へ行く。

定食を食べる。

野菜を買う。

味噌汁も飲む。

つまり、
食生活って、
精神状態のログでもある。

深夜のカップ麺は、少し孤独が混ざる

特に、
深夜。

これが独特。

夜中に食べるカップ麺って、
少し孤独が混ざる。

静かな部屋。

スマホの光。

YouTube。

誰とも話してない夜。

その中で、
ズルズル食べる。

これは、
単なる食事じゃない。

“感情処理”
に近い。

だから、
疲れている人ほど、
深夜カップ麺へ向かいやすい気がする。

「料理する元気」がある日は、少し人生が戻る

逆に、
ちゃんと料理する日って違う。

卵焼くだけでも違う。

味噌汁作るだけでも違う。

少し、
人生を立て直してる感じがする。

だから最近、
思う。

料理って、
健康だけじゃない。

“生きる感覚”
を戻す行為なのかもしれない。

でも、カップ麺を完全否定はできない

とはいえ、
カップ麺を悪者にもできない。

何回も助けられた。

金がない時。

疲れてる時。

メンタル落ちてる時。

時間ない時。

あれがなかったら、
もっと崩れていた日もある。

だから、
完全否定は違う気がする。

むしろ、
現代社会のライフライン。

問題は、
“毎日”になること。

毎日続けると、「感覚」が鈍る

怖いのは、
慣れること。

毎日食べてると、
体調悪化にも慣れてくる。

眠い。

だるい。

重い。

集中できない。

でも、
それが通常になる。

これが危ない。

人間って、
悪い状態にも適応してしまう。

たまに定食屋へ行くと、体が驚く

だから、
久しぶりに定食屋へ行くと、
驚く。

焼き魚。

味噌汁。

ご飯。

小鉢。

野菜。

食後、
体が軽い。

「あれ?」

ってなる。

普通の飯って、
こんな違うのかと。

結局、「回復」を求めていたんだと思う

今振り返ると、
毎日カップ麺を食べていた時期って、
単純に怠けていたわけじゃない。

疲れていた。

回復したかった。

考える力が減っていた。

だから、
最短で満たされるものへ向かっていた。

つまり、
カップ麺を食べていたというより、

“回復したくて動けなかった”

に近かった気がする。

それでも、人はまたお湯を注ぐ

でも、
たぶん今日も、
誰かがお湯を注いでいる。

仕事帰り。

深夜。

静かな部屋。

疲れた顔。

スマホの光。

その中で、
3分待っている。

カップ麺って、
たぶん現代人の孤独に、
かなり近い場所にある。

だから、
完全には嫌いになれない。

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