あの頃、かなりお金がなかった
あの時期、
かなりお金がなかった。
派遣終了。
仕事不安。
将来不安。
年齢。
いろんなものが重なっていた。
外食も減った。
コンビニも、
少し躊躇する。
そんな時、
自然と増えていった。
納豆ごはん。
納豆って、異常に安い
改めて思う。
納豆、
かなり安い。
しかも、
意外と栄養がある。
ごはんさえ炊けば、
一食成立する。
当時の自分には、
かなりありがたかった。
「今日は納豆でいいか」が増えていく
最初は、
節約だった。
でも、
続けると、
思考が変わる。
「今日は納豆でいいか」
そうなる。
疲れてる時って、
考えるエネルギーも減る。
納豆ごはんは、
判断を減らしてくれる。
変に豪華じゃない安心感
納豆ごはんって、
地味。
でも、
妙に安心する。
白米。
納豆。
味噌汁があれば、
かなり完成する。
変にテンションを上げてこない。
だから、
疲れてる時に合う。
深夜の納豆ごはんは、少し静かだった
深夜。
誰とも話してない。
部屋も静か。
そんな中で、
納豆を混ぜる。
あの音。
あの匂い。
妙に生活感がある。
「生きてるな」
少し、
そんな感覚になる。
毎日続けると、身体は少し落ち着く
意外だった。
もっとジャンクに流れると思っていた。
でも、
納豆ごはん生活が続くと、
身体は少し落ち着く。
胃が重くない。
変な罪悪感も少ない。
年齢的にも、
揚げ物連打よりラクだった。
ただ、少し寂しい日もある
もちろん、
寂しい日もある。
納豆ごはんだけの日。
「ああ、自分いま質素だな」
と思う瞬間もある。
特に、
SNSで豪華飯を見ると、
少し虚しくなる。
でも、人間は毎日豪華じゃなくていい
ある時思った。
毎日イベントみたいな食事、
別に必要ない。
むしろ、
静かな食事の方が、
落ち着く人間もいる。
納豆ごはんには、
変な競争がない。
「食費を抑えたい時期」が人生にはある
これ、
かなりリアル。
人生には、
- 守る時期
- 耐える時期
- 回復する時期
がある。
納豆ごはん生活は、
たぶん“守り”だった。
エネルギーを減らさず、
なんとか維持する。
そんな感じ。
納豆って、「ちゃんとしてる感」が少しある
不思議だけど。
カップ麺だけだと、
少し荒れる。
でも、
納豆が入ると、
「まだ大丈夫感」が出る。
タンパク質。
発酵食品。
日本食感。
あれが、
精神的にも少し効く。
毎日同じものを食べると、感情も静かになる
これも感じた。
食事って、
感情を揺らす。
刺激物。
ジャンク。
暴食。
でも、
納豆ごはん生活って、
かなり静か。
感情も、
少し穏やかになる。
「贅沢したい日」も逆に分かる
毎日シンプルだと、
変化に敏感になる。
焼肉。
寿司。
ラーメン。
たまの外食が、
かなり嬉しい。
人間って、
慣れる生き物なんだと思う。
年齢を重ねると、「落ち着く飯」が強くなる
若い頃は、
刺激だった。
大盛り。
油。
食べ放題。
でも、
今は少し違う。
身体が、
静かなものを求める。
納豆ごはんって、
かなり“静か”。
誰にも見せない生活だった
あの頃、
誰にも見せてなかった。
SNSにも載せない。
映えない。
地味。
でも、
リアルだった。
人生って、
ああいう地味な食事期間、
普通にあると思う。
「生き延びる飯」だった
振り返ると、
納豆ごはんは、
生き延びる飯だった。
派手じゃない。
夢もない。
でも、
ちゃんと次の日へ行ける。
それが大きかった。
毎日納豆でも、人は意外と壊れない
もちろん、
バランスは必要。
でも、
意外と人間、
納豆ごはんで持つ。
むしろ、
生活リズムが安定することもある。
たぶん、あの時期は必要だった
今なら思う。
あの地味な時期、
必要だった。
節約。
静けさ。
孤独。
納豆ごはん。
全部含めて、
少し人生を整理していた気がする。
今でも、たまに食べる
今でも、
たまに食べる。
疲れた夜。
静かな夜。
炊きたてごはん。
納豆。
味噌汁。
すると、
少し落ち着く。
あの頃みたいに、
「なんとか今日を越える」
感じが戻ってくる。
納豆ごはんって、かなり日本人的な回復飯なのかもしれない
派手じゃない。
でも、
ちゃんと戻してくれる。
疲れた身体。
不安定な心。
孤独な夜。
納豆ごはんって、
たぶん、
そういうものを少し静かに支えてくれる食べ物なんだと思う。


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