一浪の一年、僕の教室は“橋の下”だった

ひとりコンビニ飯

一浪していた頃、僕は毎日のように川沿いの橋の下にいた。
家の机では集中できず、予備校の自習室は人が多くて落ち着かなかった。
唯一、呼吸しやすい場所がそこだった。

橋の下は、いつ行っても同じ匂いがする。
少し湿ったコンクリートの匂いと、川の流れる水のにおい。
春でも夏でも冬でも、その匂いは変わらなかった。
僕にとっては、どこか安心できる香りだった。

朝、家を出て、コンビニでおにぎり2つと缶コーヒーを買い、
参考書とノートをリュックに詰めたまま川へ向かう。
空は広くて、街の音が少し遠くなる感じが好きだった。

橋の下に着くと、まず地面に座り込める場所を探す。
小石が多い場所は長時間座れないから、
前日に雨が降って少し濡れている場所は避け、
日の光が斜めに届くスポットを選ぶ。

最初の1時間は数学の問題集。
川の流れる音がリズムになり、
時計を見なくても自然と集中の波が来る。
たまに散歩する人に見られている気がしても、
もう気にならなくなっていた。
「受かりたい」という気持ちひとつだけで、
周りの視線より自分の未来の方が大事になっていた。

昼になると、買ってきたおにぎりをゆっくり食べる。
橋の柱にもたれながら食べるコンビニ飯は、
どんな高いランチよりもおいしかった。
空腹で食べるからでもあるけれど、
この場所が“自分の居場所”のように感じていたからかもしれない。

午後になると、眠気が襲ってくる。
そんな時は、川沿いを少し歩いて頭を冷やす。
風が吹く音、鳥の声、遠くの車の音。
街の騒がしさとは違う“自然の生活音”が、心を整えてくれた。

夕方、太陽が傾くと影が長く伸びて、
自分の影とノートの影が重なって見えた。
一日中勉強したのに、進んだページはたった数枚。
それでも、その数枚が確実に「昨日より前に進んでいる」と思えた。

夜になると寒くなるので帰宅する。
「今日も橋の下でよく頑張った」という感覚だけを持って。

浪人の一年は、誰にも見られない戦いだった。
でも、橋の下で過ごした日々は、
今思えばいちばん“自分と向き合った時間”だったと思う。

あの場所がなかったら、
僕は受験にも、たぶん自分にも負けていた。

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