常連になるのは何回目から?|一人で同じ店に通って考えた

Solo Eating Out(ひとり外食)

「この店、もう常連と言っていいのかな?」

一人で同じ飲食店へ何度も通っていると、ふとそんなことを考える。

2回目では、さすがに常連とは言えない。

5回ならどうだろう。

10回なら?

50回通えば、さすがに常連だろう。

でも考えてみると、「何回来店したら常連」という明確なルールはない。

週に1回を3か月続ける人もいれば、月に1回を10年間続ける人もいる。店員と毎回話す人もいれば、何十回通ってもほとんど会話をしない人もいる。

特に一人客の場合、静かに食べて帰るだけということも多い。

では、一人客が「常連」になるのは何回目からなのだろう。

今回は、回数だけでは説明できない「常連の境界線」について考えてみたい。

1回目|ただのお客さん

初めて入る店では、当然ながら完全な新規客だ。

店の雰囲気も分からない。

どこに座ればいいのか。

注文方法はどうなっているのか。

人気メニューは何なのか。

食券なのか、席で注文するのか。

一人で入ったときに居心地がいいのか。

何も分からない。

店側から見ても、数多く来店するお客さんの一人だろう。

この段階では「また来るかどうか」すら分からない。

でも、常連へのスタート地点は間違いなくこの1回目だ。

どんな常連客も最初は初来店だった。

2〜3回目|自分が店を覚える

2回目に行くと少し変わる。

「あ、この席だった」

「前回これを食べたな」

「水はセルフだった」

店のシステムが分かっている。

初回にあった小さな緊張が減る。

3回目くらいになると、注文するものもある程度決まってくる。

ここで面白いのは、まだ店員に覚えられていなくても、自分の中ではすでに『知っている店』になっていることだ。

初めての店へ入るのとは明らかに違う。

とはいえ、3回来ただけで「俺はこの店の常連です」と言うのは少し早い気がする。

まだ「気に入って何回か来ている客」くらいだろう。

5回目|常連候補になってくる

個人的に最初の境目になると思うのが5回前後だ。

偶然だけで同じ店に5回来ることは、それほど多くない。

味が好き。

場所が便利。

一人でも入りやすい。

値段がちょうどいい。

何か理由があるから戻ってくる。

店側も同じ店員が何度か接客していれば、

「この人、前にも来たような」

と思い始める可能性がある。

ただし5回でも、半年に1回なら印象は薄い。

逆に2週間で5回来れば、

「最近よく来る人」

として覚えられるかもしれない。

ここで「回数」以外の要素が出てくる。

頻度だ。

10回目|かなり常連に近い

同じ店へ10回行く。

これは意外と多い。

初めて入った店の中で、10回以上行く店が自分にどれだけあるか考えると分かりやすい。

ほとんどの店は1回で終わる。

気に入っても2〜3回。

その中で10回まで残る店はかなり少ない。

だから10回という数字は、個人的には「常連」と呼んでもそれほど違和感がない。

特に短期間で10回来店していれば、店員にも認識される可能性が高くなる。

いつもの時間。

いつもの席。

いつもの注文。

こうしたパターンができ始める。

「いつもの」が成立したら常連?

常連らしさを一気に感じる瞬間がある。

「いつものでいいですか?」

店員からこう言われたときだ。

これはかなり強い。

自分が店を覚えているだけではない。

店も自分を覚えている。

常連という関係が、一方通行ではなくなる瞬間だ。

ただ、ここで疑問もある。

毎回違う料理を注文する人は常連ではないのか。

もちろんそんなことはない。

「いつものメニュー」は常連の条件ではないと思う。

重要なのは、店側から「何度も来てくれている人」と認識されていることだろう。

店員と話さなくても常連になれる

一人外食では、ここが重要だと思う。

常連という言葉から、

店主と仲がいい。

入った瞬間に名前を呼ばれる。

カウンターで世間話をする。

そんな姿を想像するかもしれない。

でも、一人客には別の常連の形がある。

入店する。

軽く頭を下げる。

注文する。

静かに食べる。

会計する。

「ごちそうさまでした」

と言って帰る。

会話はそれだけ。

それでも週に何度も来ていれば、十分常連だ。

むしろ僕は、このくらいの距離感が心地いい店もあると思う。

無理に仲良くなる必要はない。

50回なら間違いなく常連?

50回通っていたらどうだろう。

これはさすがに常連と言っていいと思う。

週1回でも約1年。

月2回なら2年以上かかる。

そこまで同じ店へ通うということは、生活の中にその店が組み込まれている。

「今日はどこで食べよう」

ではなく、

「今日はあそこへ行こう」

になる。

店を探す必要がない。

メニューを検索する必要もない。

口コミを見る必要もない。

自分が好きだから行く。

この状態になると、Googleの星が何点なのかすら気にならなくなる。

他人の評価ではなく、自分の経験で店を選んでいる。

これは一人外食ではかなり強い。

100回を超えると「生活の店」になる

もし100回以上行ったらどうなるか。

もはや「お気に入りの店」というより、生活の一部に近い。

仕事帰りに寄る。

休日の昼に行く。

疲れた日に行く。

何を食べるか考えるのが面倒な日に行く。

特別なイベントではない。

日常だ。

常連という言葉には「店と客の関係」という意味があるけれど、100回を超えるような店では、それ以上に自分の生活との関係が大きくなってくる気がする。

回数より「戻ってくること」が重要

ここまで5回、10回、50回と考えてきた。

でも結局、常連を決めるのは単純な回数ではないと思う。

例えば旅行先の店へ3日連続で行った。

店員とも仲良くなった。

でも、その後は二度と行けない。

一方で近所の定食屋へ月1回、5年間通っている。

合計60回。

こちらのほうが「常連」という感じがする。

違いは何か。

戻ってくることだ。

常連とは、何度食べた人ではなく、何度もその店へ戻ってきた人なのかもしれない。

店員に覚えられなくても自分の常連店

大型店やチェーン店なら、50回行っても店員が毎回違うことがある。

セルフサービスの店なら会話すらほとんどない。

それでも、

「自分はこの店によく来る」

と思っているなら、自分にとっては常連店だ。

店員から認定証をもらうわけではない。

「本日からあなたは常連です」

と言われる日もない。

だから常連には二種類あるのだと思う。

店から見た常連と、自分から見た常連。

この二つは必ずしも同時に成立しない。

一人客だからこそ常連店があると楽になる

一人で外食することが多いと、常連店が一つあるだけでかなり楽だ。

知らない店へ入る小さな緊張がない。

注文方法を調べなくていい。

一人で入りやすいか心配しなくていい。

だいたいの予算も分かる。

味も分かっている。

「今日の夕食をどうしよう」

という判断そのものを減らせる。

毎日新しい店へ行く楽しさとは正反対だ。

でも、何も考えずに行ける店がある安心感も、一人飯の大きな魅力だと思う。

結論|10回前後から常連、でも本当の境界線はない

「常連になるのは何回目から?」

あえて数字を出すなら、僕は10回前後が一つの目安だと思う。

1〜3回ならリピーター。

5回くらいから常連候補。

10回を超えると常連と呼んでも不自然ではない。

50回ならかなりの常連。

100回を超えれば、生活の一部になっている可能性が高い。

ただし、これはあくまで目安だ。

本当の境界線は数字では決められない。

週に何度も来る。

何か月、何年も戻ってくる。

店員に顔を覚えられる。

いつもの注文ができる。

そして何より、

「またここで食べたい」と自然に思える。

その積み重ねが常連を作っていく。

だから「何回目から常連なのか」を気にしながら通う必要もないのかもしれない。

気づいたら店までの道を何も考えず歩いている。

気づいたらメニューを見なくても注文できる。

気づいたら店員と軽く会釈している。

そんな瞬間に、

「ああ、自分はこの店の常連になったんだな」

と分かる。

一人飯に必要なのは、毎回新しい店を開拓することだけではない。

何度でも戻りたくなる一軒を持つこと。

それもまた、一人で食べる生活を少し豊かにしてくれると思う。

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