その日は朝からずっと気持ちが重かった。
仕事で小さなミスが続き、誰に何を言われたわけでもないのに、心がずっとざわざわしていた。
帰りの電車に乗りながら「今日、何食べよう」と考えても、何も浮かばない。
疲れすぎると、人間って食欲をなくすんじゃなくて、逆に“強い味”を求めるようになる。
ふと気づくと、私はマクドナルドの前に立っていた。
店に入るつもりなんてなかったのに、足が勝手に動いていた。
レジ前でメニューを見ても、何を頼むか考えられないまま、口が勝手に動いた。
「ハンバーガー3個ください。」
冷静になって考えると、3個も必要ない。
1個で十分だし、2個でも多い。
でもその瞬間は、脂と塩とパンの“ジャンクさ”に全部を委ねたかった。
持ち帰り袋を片手に部屋に戻る。
部屋の電気をつけたくなくて、薄暗いまま机に袋を置いた。
ため息をひとつついて、箱を開ける。
あのふわっとした匂いと、ほんのり温かい空気が部屋に広がる。
まずは1個目。
シンプルな味が、逆に優しく感じる。
パンとパティのバランスはいつも通りなんだけど、
今日はなんだか“安心できる味”だった。
2個目に手を伸ばした瞬間、胸が少し痛くなった。
食べるという行為で、自分の感情を埋めようとしている気がした。
ひと口噛むと、なぜか涙が出そうになった。
別に失恋したわけでも、誰かと喧嘩したわけでもない。
ただ、心が疲れていた。
「なんでこんなに頑張ってるんだろう。」
そんな気持ちがふわっと浮かんでくる。
でも噛んで、飲み込んで、また噛む。
その繰り返しで、少しずつ気持ちが落ち着いていった。
そして3個目。
正直、お腹はもういっぱいだったけれど、
この夜だけは“やけ食い”を最後までやり切りたかった。
誰に見せるためでも、誰かを慰めるためでもなく、
ただ自分のために食べる3個目だった。
噛むたびに「もう大丈夫」と言い聞かせるような感覚。
パンの食感、ほんのり甘いソース、油が染みたパティ。
そのひとつひとつが、今日の疲れを吸い取っていくようだった。
食べ終わった箱が机に3つ並んだ時、
達成感とも違う、不思議な静けさがあった。
健康的でもないし、褒められる行動でもない。
でも、人間には“こういう夜”も必要なのだと思う。
やけ食いは弱さではなく、
「今日だけは自分を甘やかしてもいい」
そんな心のブレーキが外れる瞬間だ。
深夜になり、空になった箱を片付けながら、
少しだけ肩の力が抜けていた。
明日からまた元に戻れるかはわからないけれど、
少なくとも、今日の3個は意味があった。
ひとりの夜に食べるハンバーガーは、
ただのジャンクフードじゃない。
その日の心の重さをそっと受け止めてくれる、
静かで温かい“味方”なんだと思った。


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