彼女に振られた日の帰り道は、いつもと同じ景色なのに、色がすべて薄く見えた。
夕方の街はいつも通り賑やかで、笑い声や車の音が混ざっているのに、自分だけ音のない世界にいるようだった。
スマホを握った手には、まださっきのメッセージの余韻が残っている。
「ごめん、もう気持ちがない。」
たった一行。
それだけで、内側の何かが崩れ落ちた。
家に帰りたくなかったが、行く場所もなかった。
ただ歩いて、気づいたらスーパーの前に立っていた。
どうでもいいような気持ちと、何かを口に入れないと壊れそうな焦燥感が混ざる中で、
手に取ったのは 大盛弁当673円(税込740円) だった。
安いのか高いのか、自分でもわからない。
ただ、その箱は今の自分でも“受け止めてくれる”ような気がした。
部屋に戻ると、空気がやけに重かった。
電気をつけると、いつも通りの自分の部屋が目に入るのに、
今日はその“いつも通り”がやけに胸を締めつけた。
弁当の蓋を開けると、湯気と匂いがふわっと広がる。
ハンバーグ、唐揚げ、焼きそば、そしてぎゅうぎゅうに詰められた白いごはん。
まさに「大盛り」の名を背負った“幸せの塊”みたいなボリュームだ。
でも、心はまだ追いつかない。
最初のひと口は、味がしなかった。
“おいしい”とか“まずい”とか、そういう感覚が全部どこか遠くに行ってしまったようで、
ただ噛んで、飲み込んで、また噛んだ。
そのうち、少しずつ味が戻ってきた。
ハンバーグの甘いソース。
唐揚げの衣のカリッとした歯ざわり。
焼きそばの香ばしさ。
どれも特別じゃない、よくある大盛り弁当の味。
でも、それがよかった。
彼女との思い出を無理に振り払おうとすると辛い。
だけど、こうして“普通の味”に集中している時間は、
少しだけ心を現実に戻してくれた。
気づけば、弁当の半分以上を食べていた。
胃に重さが広がると同時に、胸の痛みがほんの少しだけ薄くなる。
「これでいいんだ」と思った。
恋愛の終わりには、派手なドラマも、映画みたいな演出もいらない。
ただ、大盛り弁当673円があれば十分な日だってある。
誰かに慰めてもらうより、
誰かと話すより、
こうしてひとりで食べる時間が、
一番自分に優しくしてくれることもある。
食べ終えた空の弁当箱を見つめながら、
「明日からまたやり直せるかな」
そんな小さな希望が、胸の奥でゆっくりと灯り始めた。
恋に負けた夜でも、
食べることだけは裏切らない。
大盛り673円(税込740円)の味は、
ただの弁当じゃなく、
“ひとりの夜を支えてくれる味”だった。


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