大学生の頃の僕にとって、
「ひとりで過ごす夜」は、誰にも邪魔されない小さな避難所だった。
授業が終わって、友達と少し話して、コンビニで100円のお菓子を一袋だけ買う。
それだけで、帰り道の気持ちはちょっと軽くなった。
アパートに帰ってカバンを放り投げ、
椅子にも座らずベッドの端に腰かけてゲームを起動する。
コントローラーの起動音と、お菓子の袋を開けるカサッという音。
あの組み合わせは、いま思えば大学生活の象徴みたいなものだった。
スナック菓子は、たいてい安いポテチかコーンスナック。
味は濃いめ、指がベタつく、健康にはプレミアムで良くない。
でも、そんなことどうでもよかった。
ゲームの画面の光だけが部屋を照らして、
外の音はほとんど入ってこない。
小さな1Kの部屋なのに、その空間だけは妙に落ち着いた。
大学生活って、自由なようで意外としんどい。
友達付き合い、ゼミ、バイト、単位のプレッシャー。
「自由にしていいよ」と言われてるのに、
自由の意味がよくわからないまま過ごしていた気がする。
そんな中で、
ただひとりでゲームをして、
ただ好きなスナック菓子をかじる時間は、
誰にも評価されない、誰にも見られない、
“本当の自由”だった。
気に入っていたのは、
ゲームしながら少しずつお菓子を食べて、
気づくと袋の奥にカスみたいなのしか残っていないあの瞬間。
「やべ、全部食べちゃった…」
そう思いつつ、どこか満足している自分がいた。
外では普通を装いながら、
飲み会もそこそこにこなし、
大学生らしく振る舞っていたけれど、
ほんとうはああいう“くだらないひとり時間”がいちばん好きだった。
特に、夜更けのゲームは最高だった。
画面の中では主人公が世界を救うのに、
現実の僕はただスナック菓子をポリポリ食べているだけ。
そのギャップが自分でもおかしくて、
でも妙に落ち着いた。
大学生って、まだ大人ではないけれど、
もう子どもにも戻れない曖昧な時期だ。
だからこそ、スナック菓子みたいな“なんてことないもの”が、
心のバランスを取ってくれていたのかもしれない。
あの頃の僕にとって、
スナック菓子の袋を開ける瞬間は、
今日一日が終わったという合図であり、
ひとりの時間が始まる開放のサインだった。
今はもう、あの頃みたいに深夜までゲームに没頭できないし、
スナック菓子を食べたら翌日むくみが気になる年齢になった。
でもふとした瞬間、
ゲームの起動音が当時の記憶を呼び戻す。
ひとりの部屋で、
スナック菓子を食べながらゲームをしていたあの時間は、
間違いなく僕の“ソロ飯の原点”だった。
そして今日もまた、
仕事で疲れた夜に、
ポテチを開けてゲームをつける瞬間がある。
ああ、やっぱりひとり飯っていいな。


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