「顔は覚えられているけど話さない常連」が一番楽?|一人飯でちょうどいい店との距離感を考える

Solo Eating Out(ひとり外食)

一人で同じ店に何度も通っていると、いつか店員に顔を覚えられる。

最初は完全な「知らない客」だった。

何度か行く。

また行く。

同じ曜日、似たような時間に行く。

それを繰り返していると、こちらから何も言わなくても、

「この人、前にも来たな」

くらいには覚えられている気がする。

ただ、ここからが面白い。

顔を覚えられたからといって、店員とたくさん話したいとは限らない。

むしろ自分の場合、

「顔は覚えられている。でも、それほど話さない」

くらいの関係が一番楽なのではないかと思う。

完全な他人ではない。

でも友達でもない。

店へ行けば自然に迎えてもらえて、食べ終われば普通に帰る。

今回は、一人飯をする人にとっての「常連」と店との距離感について考えてみたい。

一人飯では店員との距離感が意外と重要

誰かと一緒に外食するときは、同行者と話している時間が長い。

だから店員との関係をそれほど意識しないことも多い。

一人飯は違う。

店へ一人で入る。

一人で注文する。

一人で食べる。

一人で会計する。

当然、店員とのやり取りが相対的に目立つ。

初めての店なら、

「一人でも大丈夫かな」

「どこへ座ればいいんだろう」

「注文方法はどうなっているんだろう」

と少し緊張することもある。

しかし同じ店へ何度も行くと、この緊張が少しずつ消えていく。

ここが常連になる大きなメリットだと思う。

顔を覚えられると入店が楽になる

顔を覚えられることの一番のメリットは、特別扱いされることではない。

自分の場合は、

店に入る心理的なハードルが下がること

だと思う。

初めての店には少し勇気が必要だ。

しかし何十回も行っている店なら違う。

入口を開ける。

いつものように席へ行く。

注文する。

食べる。

会計して帰る。

ほとんど迷わない。

店員の顔も何となく分かる。

店員側もこちらを見たことがある。

この「お互いに何となく知っている」という状態が楽なのだ。

でも「会話する常連」になると少し変わる

常連という言葉から、

「店員と仲良く話している人」

を想像することがある。

店へ入ると、

「今日も来たね」

と声をかけられる。

世間話をする。

仕事の話をする。

趣味の話をする。

場合によっては店員の名前も知っている。

そういう関係を楽しいと思う人もいるだろう。

それはそれでいい。

ただ、自分のように一人で静かに食べたい人にとっては、必ずしもそこまで親しくなる必要はない。

むしろ会話が増えることで、

「今日は話したくないけど、話しかけられるかな」

と考えるようになる可能性もある。

そうなると、気軽だった一人飯に少し別の要素が入ってくる。

「認識されているけど干渉されない」が心地いい

自分が理想的だと思うのは、

店員がこちらの顔を知っている。

こちらも店員の顔を知っている。

でも必要以上には話さない。

注文するときは普通に話す。

会計では「ごちそうさまでした」と言う。

それくらい。

この距離感なら、店へ行くことにほとんど負担がない。

認識はされているけれど、干渉はされない。

これが一人飯ではかなり心地いい。

一人でいたいから一人で食べている日に、無理にコミュニケーションを増やす必要はないと思う。

顔を覚えられるのが嫌な人もいる

もちろん逆の人もいる。

同じ店に何度も行って、

「また来たと思われているかな」

と気になる人だ。

これは一人飯初心者なら特にあるかもしれない。

自分も、顔を覚えられることを意識すると少し恥ずかしく感じる場合はある。

でも店側から考えると、何度も来る客は珍しい存在ではない。

飲食店ならリピーターがいるのは自然だ。

週に一度来る人。

いつも昼に来る人。

いつも同じものを注文する人。

いろいろな客がいる。

だから、

「また来たと思われたら恥ずかしい」

と必要以上に考えなくてもいいのではないかと思う。

同じメニューばかり注文してもいい

常連になるともう一つ気になることがある。

毎回同じメニューを頼むことだ。

「また同じものを頼んでいる」

と思われないだろうか。

でも、これもあまり気にしなくていいと思う。

自分が好きだから注文している。

それだけだ。

むしろ一人飯では、

店を決める→メニューを決める

という二つの判断を毎回する必要がないのは楽だ。

「今日はあそこへ行って、いつものものを食べよう」

これだけで済む。

一人で食事をするとき、この決断の少なさは意外と大きなメリットになる。

「いつもの」が言葉なしで成立する関係

面白いのは、長く通っていると、たくさん会話をしなくても関係ができることだ。

こちらは店員の名前を知らない。

店員もこちらの名前を知らないかもしれない。

でも、

「あの人はよく来る」

ということは分かっている。

こちらも、

「あの店員さんはいつもいる」

と分かっている。

言葉にしなくても関係は成立している。

これは友人関係とも職場関係とも違う。

店と客だけの非常に軽い関係だ。

自分は、このくらいの関係が一人飯には合っていると思う。

常連だから特別扱いされなくてもいい

常連になると、

「サービスしてもらえる」

「裏メニューを出してもらえる」

といった話もある。

でも、自分はそこを目的にしなくてもいいと思う。

普通に注文する。

普通に料金を払う。

普通に食べる。

普通に帰る。

それを何十回、何百回と繰り返す。

特別扱いされなくても、その店が居心地よければ十分だ。

むしろ毎回同じように利用できること自体が価値になる。

話さないことと感じが悪いことは違う

ここは少し注意したい。

「店員と話したくない」

と、

「店員を無視する」

は別だと思う。

注文するときは普通に伝える。

何かしてもらったら「ありがとうございます」。

帰るときに「ごちそうさまでした」。

それくらいのやり取りは自然だ。

長い世間話をする必要はない。

自分から積極的に会話を広げなくてもいい。

最低限の感じのいいコミュニケーションだけで十分。

これなら一人で静かに食べたい気持ちとも両立できる。

一人常連は「孤独」とも少し違う

一人で店へ行く。

一人で食べる。

ほとんど誰とも話さない。

文字だけを見ると孤独に見えるかもしれない。

でも実際には少し違う。

店へ入る。

見たことのある店員がいる。

いつもの雰囲気がある。

いつもの席に近い場所へ座る。

いつもの料理を食べる。

名前を知らなくても、

自分がその場所に少しだけ馴染んでいる感覚

がある。

これは完全な孤独ではない。

かといって濃い人間関係でもない。

その中間くらいだ。

この中間地点が、一人飯を続ける人には意外と心地いいのではないかと思う。

100回通ったら関係はどう変わる?

例えば同じ店に100回行ったとする。

週1回なら約2年。

週2回なら約1年。

かなり長い。

それだけ通えば、何人かの店員には顔を覚えられている可能性が高くなるだろう。

でも100回通ったからといって、100回分会話を深める必要はない。

1回目。

「お願いします」

10回目。

「お願いします」

50回目。

「お願いします」

100回目。

「お願いします」

それでもいい。

関係が深くならないことを失敗だと思う必要はない。

「100回通えるくらい気楽な店だった」

それだけで十分成功だと思う。

1000回通ったらどうなるのか

さらに考えてみる。

同じ店に1000回。

週3回なら6年以上かかる。

そこまで通えば、生活の一部に近くなる。

店員が変わる。

メニューが変わる。

値段も変わるかもしれない。

自分自身も年を取る。

それでも通っている。

これはかなり面白い。

そのとき店員と仲良くなっているかもしれない。

相変わらずほとんど話していないかもしれない。

どちらでもいい。

重要なのは、

自分が無理をしない関係だから1000回続けられた

ということではないだろうか。

一番楽な常連とは何だろう

自分なりに考えると、常連にはいくつかの段階がある。

まだ覚えられていない客。

顔だけ覚えられている客。

注文まで覚えられている客。

少し世間話をする客。

かなり仲のいい常連。

どれが一番いいという正解はない。

人による。

でも一人で静かに食べたい自分なら、

「顔は覚えられているけど、それほど話さない常連」

がかなり理想に近い。

店に入る緊張感はない。

でも会話の義務もない。

食べたいときに行く。

食べ終わったら帰る。

行かなかったからといって説明する必要もない。

非常に自由だ。

結論|「知っている他人」くらいが一人飯にはちょうどいい

一人飯では、人間関係まで一人である必要はない。

店員と少し挨拶する。

顔を覚えてもらう。

いつもの客として認識される。

それだけでも店は少し居心地のいい場所になる。

しかし、そこから無理に仲良くなる必要もない。

**知っている。

でも深くは知らない。

会えば挨拶する。

でも長話はしない。**

このくらいの距離感が、一人飯ではかなり楽なのかもしれない。

常連になるというのは、店員と友達になることではない。

自分にとって、

「何も考えず一人で入れる店が一つ増えること」

なのだと思う。

初めての店に入る楽しさもある。

いろいろな店を食べ歩く楽しさもある。

でも、何度も同じ店へ行き、顔を覚えられて、それでも静かに一人で食べられる。

そんな店が近くに一軒ある。

一人飯を長く続けるなら、それは意外とぜいたくなことなのかもしれない。

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