家の物置の“トレーニング室”で食べたコンビニ飯。しんどい夜の避難場所になった話

Solo Home Meals(家でひとりごはん)

家の物置の奥に、昔つくった“トレーニング室”がある。
といっても、本格的なジムのような設備じゃない。
古いベンチ台とダンベル、サンドバッグ、そして薄いマットが敷いてあるだけの、
ちょっとした“秘密基地”みたいな空間だ。

だれも入ってこない。
音も漏れづらい。
冬は少し寒いけれど、ひとりでいるにはちょうどいい。

2023年頃から、この場所によくこもるようになった。
仕事や人間関係で疲れた日、
「家のリビングじゃない場所にいたい」と思う夜、
ここに入るだけでスッと気持ちが落ち着く。

その日も、なんとなく心が重かった。
何があったわけじゃない。
ただ、体と頭が少しだけ“逃げ場”を求めていた。

コンビニに寄って、
おにぎり二つ、唐揚げ、サラダチキン、ゼロコーラ。
袋を握ったまま、物置へまっすぐ向かった。

蛍光灯のスイッチをつけると、
ぼんやりと白い光が天井から降りてくる。
ちょっと暗いけど、それがいい。
誰にも見られない安心感が、この部屋にはある。

ベンチ台に腰をおろし、袋をガサッと開ける。
冷たいおにぎりの手触り、
温めた唐揚げの油の香り、
プシュッとゼロコーラを開けた音——
全部が“ひとりの時間”を認識させてくれる。

リビングで食べるより、なぜか落ち着く。
テレビもない。
通知音もない。
ただ、静けさの中で咀嚼音だけが響く。

トレーニング室で食べるコンビニ飯って、
なんでこんなに美味いんだろう。

おにぎりを頬張りながら、
部屋の隅に積まれたダンボールや古い雑誌を眺める。
ここは昔から変わらない。
誰にも邪魔されない時間だけが積み重なっている。

ふと思う。
「人には、それぞれ“自分だけの場所”が必要なんだ」と。

リビングは家族の空気がある。
カフェには他人の視線がある。
外食店には店員の気配がある。

でも、この物置には何もない。
何者にもならなくていい、
ただ“自分”でいられる場所だ。

唐揚げを口に運びながら、
自分の心が少しずつ軽くなっていくのがわかる。
運動するわけでもなく、誰かと話すわけでもなく、
ただここでひとりで食べているだけなのに——
妙な安心感が体を包む。

食べ終わったあと、
ベンチに仰向けになり、天井を見つめる。
蛍光灯の光が少しチラついて、
昔の思い出みたいにぼやけて見えた。

「明日もなんとかなるだろう」

そんな気持ちが、自然と湧いてきた。

家の物置でのコンビニ飯は、
しんどい日の“最後の避難所”みたいなものだ。

ひとりで食べることで、
ひとりを取り戻せた夜だった。

コメント