渋川高校の頃、母の弁当を教室で食べていた日々|何気ない昼休みが今では大切な思い出

Solo Grab & Eat(買って食べる)

昼休みになると弁当箱を開いていた

高校時代の昼休みになると、私は毎日のように教室で母が作ってくれた弁当を食べていた。

購買へ走ることもなければ、毎日コンビニへ行くこともない。

朝、自宅から持ってきた弁当を机の上に置き、昼休みのチャイムが鳴るのを待つ。

それが当たり前の日常だった。

当時は何も特別なことではないと思っていた。

しかし今振り返ると、その時間はとても穏やかで貴重だったように感じる。

母の弁当が毎日の楽しみだった

弁当の中身は豪華ではなかった。

白いご飯。

卵焼き。

ウインナー。

唐揚げ。

時には焼き魚や煮物が入っている日もあった。

彩りを意識して作ってくれていたのだろう。

毎日少しずつ内容が違っていた。

高校生だった私は、それを深く考えることもなく食べていた。

「今日のおかずは何だろう。」

そんな小さな楽しみが毎日あった。

教室で食べる昼食の時間

昼休みになると、教室にはさまざまな音が広がる。

机を動かす音。

友達同士の笑い声。

部活動の話。

試験の話。

先生の話。

そんなにぎやかな空間の中で、私は弁当のふたを開けて昼食を食べていた。

窓から見える景色を眺めながら食べる日もあれば、周囲の会話を聞きながら静かに箸を進める日もあった。

特別なイベントではない。

それでも高校生活らしい時間だった。

当たり前だったから気付かなかった

高校生の頃は、母が毎朝弁当を作ってくれることを当たり前だと思っていた。

朝早く起きて準備する大変さも分かっていなかった。

自分が社会人になり、自炊をするようになってから初めて気付く。

毎日違うおかずを考え、早起きして作ることは簡単ではない。

何気なく食べていた弁当には、多くの時間と手間がかかっていたのだ。

食べる場所より、一緒に過ごした時間が残る

高校生活には、試験や部活動、進路のことなど、多くの思い出がある。

その中でも昼休みは、毎日繰り返される何気ない時間だった。

だからこそ、今でも記憶に残っている。

机を囲んで昼食を食べたこと。

友達と笑ったこと。

午後の授業まで少しのんびり過ごしたこと。

そのすべてが、高校生活の一部だった。

今ではコンビニで済ませる日も多い

社会人になると、昼食はコンビニのおにぎりや弁当で済ませる日も増えた。

忙しい日は短時間で食べ終わることもある。

便利ではあるが、高校時代の弁当とは少し違う。

温かさという意味ではなく、「誰かが自分のために作ってくれた」という気持ちの部分が違うのだと思う。

その価値は、年齢を重ねるほど大きく感じるようになった。

食べ物は思い出も運んでくれる

不思議なことに、卵焼きやウインナーを見ると、高校時代の昼休みを思い出すことがある。

味だけではない。

教室の空気。

チャイムの音。

窓から差し込む昼の光。

そんな景色まで一緒によみがえってくる。

食べ物は、お腹を満たすだけではなく、思い出も一緒に運んでくれる存在なのかもしれない。

おわりに

渋川高校で過ごした日々の中で、母の弁当を教室で食べる昼休みは、ごく普通の日常だった。

当時は特別だと思わなかった時間も、今ではかけがえのない思い出になっている。

毎朝弁当を作ってくれた母への感謝も、大人になった今だからこそ強く感じる。

豪華な料理ではなくても、毎日変わらず用意してくれた弁当は、高校生活を支えてくれた大切な存在だった。

何気ない昼休みの記憶は、これからも私の中で色あせることなく残り続けるのだと思う。

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