女子高生の私は、学校帰りの制服のままカッパ寿司沼田店に向かった。夕方の店内はいつも程よく混んでいて、子ども連れの家族、仕事帰りのサラリーマン、部活帰りの学生…いろんな人の空気がまざる独特のにぎわい。私はカウンター席の後ろに立ち、皿の補充、ポットのお茶を入れ替え、時には「すみません!」と呼ばれれば走って対応する。決して華やかな仕事じゃなかったけれど、あの匂いと音のある空間にいるのが不思議と嫌いじゃなかった。
シャリの機械がカタン、と一定のリズムで動き続ける音が。レーンを流れていく寿司が光を反射してきれいに見えたこと。皿を下げるとき、湯呑の温度がまだほんのり残っていて、「この席にさっき座ってた人、どんな話をしてたんだろう」と想像したこと。カウンター越しの人間模様がなんとなく見えて、それが楽しかった。お寿司屋なのに、どこか舞台裏に立っているような気分だった。
仕事を覚えるまではミスも多かった。醤油皿を落として割ってしまった日、先輩に「焦らなくていいよ」と笑われて、涙がにじんだ帰り道。けれど、それも今では愛しい思い出だと思える。忙しい時間帯に注文が一気に入って、厨房もホールもバタバタしている中で、チームみんなで目を合わせて頷く瞬間があった。まるで戦友のように。高校生の私には、社会に触れているようで誇らしかった。
仕事終わりには、余った軍艦巻きをこっそり食べさせてくれた優しい店長がいた。最初の給料日には、明細を手に小さく「わたしも働いたんだ」と実感した。自分で稼いだお金で買った文具やリップ、今でも忘れられない。カウンターの裏で感じた緊張と、徐々に慣れていく過程だ。その積み重ねが、今の私の自信の欠片になっている気がする。
今、あの沼田店の前を車で通ると、ふと胸がきゅっとする。レーンを流れる寿司の光景、あの頃の私の姿、働く喜びを知った瞬間。たぶん、あの時間が私を少し大人にした。アルバイトだったけど、ちゃんと社会の一員だった。 そんな気がしている。
「ひとりで外食すること」が今は当たり前になった。でも、原点はカッパ寿司に立っていたあの頃かもしれない。人の声、湯気、寿司の匂い。ぜんぶまとめて青春だったあ。


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