女子高の頃、私は群馬の「かっぱ寿司 沼田店」でアルバイトをしていました。
今思えば、あの時間はただのバイトではなく、ひとりで生きていく力の基礎を作ってくれた日々でした。制服姿で自転車をこぎ、夜の店舗の明かりに吸い込まれるように入っていく。
初めて名札をつけた日の緊張感、接客マニュアルの文字列が全然頭に入らなくて、先輩パートさんに何度も教えてもらったこと…。当時は「社会」なんてまだ遠いと思っていたけれど、今振り返るとあの数ヶ月こそ、私にとって最初の“社会”との接点だったのだと思います。
ホール担当の日は、注文が一気に入る夕方の混雑が戦場でした。
タッチパネルが鳴り続け、レーンが流れて、茶碗蒸しは湯気を立てて運ばれていく。
お客さんに「早くして」と言われたとき、胸がぎゅっと縮んだこともありましたよ。
でも、テーブルを片付けている時に「ありがとう、また来るね」と笑顔をもらえた瞬間、世界の見え方が少し変わりました。
アルバイトって、お金をもらうだけじゃない。人と関わって、喜んでもらえると自分も報われる。そんな当たり前を、私はこの店で覚えました。
休憩時間、裏で食べたまかない寿司は格別でした。
とくにサーモンとえんがわの組み合わせは、今でも思い出すと微笑んでしまう。
友達の恋バナ、テスト勉強、進路の話。
ネタケースの前で流れるレーンを眺めながら、未来の話を小さく語り合った夜もあります。
あの頃は、まだ世界の広さを知らなかった。
でも少しだけ背伸びして社会の中に混ざっていた自分が、なんだか誇らしかった。
大人になった今、一人で寿司を食べに行くときがあります。
テーブル席じゃなくて、迷わずカウンター。
目の前を流れる皿を選んで、ゆっくりお茶を飲みながら昔の自分を思い出す。
仕事帰りの疲れた夜でも、カウンターで食べると気持ちが整う。
もしかしたら、あの店で働いた時間が、今の“ひとりごはんが好きな私”を作ったのかもしれません。
かっぱ寿司 沼田店。
もうあの制服を着ることはないけれど、胸の中に残っているものは消えません。
皿の重なり方、湯気の香り、閉店後の静かさ。
社会の入り口に立った女子高生の私が、確かにそこにいました。
ひとりで生きる力は、案外こんな小さな場所から育つ。
そう思うと、今の私の原点はあのレーンの音の中にある気がしています。
これからもソロで寿司を食べる時は、そっと心の中で「ありがとう」を言うつもりです。
あの経験があったから、私は今日も前に進めています。


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