2010年代のことだ。私は当時、かっぱ寿司沼田店でアルバイトをしていた。制服に着替え、裏のバックヤードからカウンター席の様子をのぞき込むあの時間。シャリの香り、醤油の匂い、注文が一気に入るときの独特の緊張感。今でもあの店内の空気を思い出せるくらい、私の青春の一部になっている。
そんなある日、休みの午後。なぜか無性に寿司が食べたくなったのです。
「今日は客として行ってみるか」
そう思い立って、いつもの出勤ルートを逆に辿りながら、私はかっぱ寿司の自動ドアをくぐった。スタッフ仲間に見られると少し照れくさい。でも、そのドキドキもまた楽しかった。
席に案内されて、レーンを流れる皿を1枚、また1枚と取る。最初はサーモン、えんがわ、まぐろ、いくら……。普段は厨房側で見ていたネタが、今日は自分の前に「食べられる側」として並んでいる。その状況がなんだか面白くて、一人でニヤつきながら箸を進めていたのです。
気づけば皿は10枚。普段バイト中に見る「10皿タワー」を、まさか自分が作るとは思ってなかった。
店員目線だと「わ、この人けっこう食べるな」なんて観察していたけれど、この日は私がその立場だった。向こう側で働く後輩がチラッとこちらに気づき、目が合う。少し気まずい。でも、そのあと彼女が小さく手を振ってくれたのが、妙にうれしかった。
寿司10皿、ドリンク1杯、締めに茶碗蒸し。腹はパンパン、心は満たされていた。
バイトとして店の裏側を知った場所で、客として寿司を味わう。カウンター越しの景色は、働いていた時とはやっぱり違って見えた。皿の色やネタの鮮度よりも、ただ「好きだから食べる」というこのシンプルな感覚が心地よかった。
家に帰る途中、風の冷たさと満腹感が混ざって不思議な幸福に包まれた。
「また食べに行こう」
そう思える店で働いていたことが、今ではちょっと誇らしい。
あの日の10皿は、ただの回転寿司じゃない。
あの頃の自分と向き合える、ささやかなソロ飯の記念日だったと思う。


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