高校生の頃、部活も恋愛も勉強も、とくに劇的な何かが起こるわけではなかった。
でも、不思議とよく覚えている「ひとり飯」の記憶がある。
そのひとつが、あの日の“手作り牛丼”だった。
家に帰ると、親は仕事でいない。
夕方のキッチンは静かで、冷蔵庫の中には「玉ねぎ・牛こま切れ・卵」。
牛丼を作れる材料がそろっていた。
「よし…今日は牛丼だ。」
料理なんてほとんどしたことがなかったけれど、
腹ぺこだった高校生の僕には、それだけで十分なやる気が出た。
フライパンに油を少し。
玉ねぎを切りながら目がしみて、涙がにじむ。
「なんで玉ねぎってこんなに強いんだよ」と文句を言いつつも、
細いペラペラな牛肉を投入すると、一気にいい匂いが広がった。
しょうゆ、みりん、砂糖、酒。
家庭の味の黄金比なんて知らないから、感覚で入れていく。
じゅわっと湯気が上がり、甘くてしょっぱい匂いが鼻にまとわりつく。
「あ、これ……普通にうまそう。」
料理したことがほとんどない自分でも、
“飯が完成していく過程”を目で見えるのが楽しかった。
炊飯器を開け、湯気の立つご飯に牛丼の具をドサッとのせる。
その瞬間、もう達成感で半分くらいお腹が満たされそうだった。
部屋に持ち帰って、机の上に牛丼を置き、
部活バッグを横に放り投げる。
テレビもつけず、スマホも触らず、
ただ湯気の立つ牛丼と僕だけ。
一口食べた瞬間、
「うわ、うま……」
と思わず声が出た。
甘じょっぱい汁がご飯に染みて、
玉ねぎはほどよく柔らかい。
肉は少し固いけど、それも手作りっぽくて悪くない。
あの時、
“ひとりで飯を作って、ひとりで食べる時間”に
不思議な安心感があった。
誰に見られるわけでもなく、
評価されるわけでもなく、
ただ自分のために料理して食べるだけ。
「ひとり飯って、悪くないな。」
そんな感情を初めて持った気がする。
高校生の僕は、
この牛丼が人生を変えるなんて思ってなかったけど、
いま思えば、この経験は
“ひとりを楽しむ力”の原点だったのかもしれない。
社会人になっても、
疲れた夜に牛丼を作ると、
あの静かな部屋の空気と、
夕方のキッチンの匂いを思い出す。
ひとり飯は寂しさじゃない。
誰のためでもなく、自分のために生きる時間。
あの日の手作り牛丼は、
そんなことを無意識に教えてくれた一皿だった。


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