同じ店に50回通うと完全に常連になる?|一人飯で考える「常連」の境界線

Solo Eating Out(ひとり外食)

一人で外食を続けていると、いつの間にか何度も通う店ができる。

最初は少し緊張して入った店でも、5回、10回と通ううちに注文方法がわかり、座りやすい席もわかってくる。

そして30回くらい通うと、

「もしかして店員さんに顔を覚えられている?」

と感じることもある。

では、さらに回数を重ねて同じ店に50回通ったらどうなるのだろうか。

50回も利用すれば、もう「完全な常連」と呼んでいいのか。

それとも常連かどうかは、単純な回数では決まらないのか。

今回は、一人飯で同じ店に50回通うことを想定して、店との距離感がどう変わっていくのかを考えてみたい。

そもそも50回はかなり多い

まず50回という回数を期間に置き換えてみる。

週1回なら約1年。

週2回なら約半年。

月2回なら約2年。

月1回なら4年以上かかる。

こう考えると、同じ店を50回利用するというのはかなりの回数だ。

もちろん、会社や自宅の近くにある店ならもっと短期間で達成することもある。

週5日の昼食で使うなら、50回は約10週間だ。

つまり「50回」という数字だけではなく、どのくらいの頻度で50回通ったかも重要になる。

週2回で半年間通った人と、年に数回を10年以上続けた人では、店員からの認識も違うだろう。

それでも50回という利用実績があれば、その店は自分にとってかなり身近な存在になっているはずだ。

1回目は完全な「初めての客」

初めて入る店では、わからないことが多い。

どこに座るのか。

注文は店員に伝えるのか。

食券を買うのか。

水はセルフなのか。

会計は先なのか後なのか。

一人で入る場合、こうした小さなことが意外と緊張につながる。

特に混雑している店では、

「注文方法を間違えたらどうしよう」

と考えることもある。

この段階では当然、店員から見ても自分は大勢いる客の一人だ。

客側も店側も、お互いをほとんど知らない。

5回くらいで店の仕組みに慣れてくる

5回ほど利用すると、店のシステムはかなり理解できる。

入口から入る。

食券を買う。

席に座る。

料理を待つ。

食べる。

店を出る。

こうした一連の行動を、ほとんど考えなくてもできるようになる。

一人飯では、この「考えなくていい」という状態がかなり楽だ。

初めての店では小さな判断が連続する。

しかし何度も利用した店なら判断する必要がない。

この時点では店員に顔を覚えられていなくても、自分の中ではすでに「いつもの店」になり始めている。

常連になる第一段階は、店員から認識されることではなく、自分が店に慣れることなのかもしれない。

10回で「見たことがある客」になる?

10回くらいになると、条件によっては店員側にも認識され始める可能性がある。

ただし、これは店によって大きく違う。

小さな個人店。

毎回同じ時間。

毎回同じ店員。

一人で来店。

似たメニューを注文。

こうした条件が重なれば、比較的早く覚えられるかもしれない。

反対に、大型チェーン店でスタッフが頻繁に変わり、毎回違う時間に利用しているなら、10回来ても覚えられないことは十分あり得る。

だから、

「10回通えば顔を覚えられる」

という明確な基準はない。

ただ、店側にとって「何となく見たことがある人」になる可能性は少しずつ高まる。

30回になると自分のほうが意識し始める

30回くらい通うと面白い変化が起きる。

店員が自分を覚えているかどうかより、

自分が「もうかなり来ているな」と意識し始める。

入口。

いつもの席。

店員の顔。

メニュー。

料理が出てくるまでの時間。

混みやすい時間帯。

こうした情報が自然と頭に入っている。

店員の側も同じ人が勤務していれば、顔を認識している可能性は高まる。

しかし、ここで重要なのは会話ではない。

毎回店員と話さなくてもいい。

「こんにちは」

「ありがとうございます」

その程度でも十分だ。

一人飯では、顔は知っているけれど深く話さない関係が意外と心地いい。

では50回なら「完全な常連」なのか

50回通ったら完全な常連なのか。

私なら、

かなり常連に近い状態

だと考える。

ただし、「50回=必ず常連」と断定する必要はない。

そもそも常連には公的な認定制度があるわけではない。

店員から、

「あなたは今日から常連です」

と言われるものでもない。

店によって客数も違う。

スタッフも違う。

利用頻度も違う。

だから50回という数字は、常連を考えるうえでの一つの目安にすぎない。

それでも、50回も同じ店を利用しているなら、少なくとも客側から見れば生活の中にその店が組み込まれている状態と言えるだろう。

「いつものですね」と言われたら常連感は一気に上がる

常連になったと実感しやすい瞬間がある。

店員から、

「いつもありがとうございます」

と言われる。

あるいは、

「いつものですね」

と言われる。

これはかなりわかりやすい。

店員が顔だけでなく、自分の行動パターンまで覚えているからだ。

ただし、これを常連の必須条件にする必要はない。

食券制の店なら、そもそも店員との会話が少ない。

セルフサービスなら接点も短い。

それでも50回、100回と利用する人はいる。

つまり、会話量と常連度は必ずしも同じではない。

無言に近い常連がいてもいい。

一人飯では、むしろそのくらいの距離感が楽な人もいる。

毎回同じメニューを頼むと覚えられやすい?

50回通うなら、同じメニューを何度も注文することもあるだろう。

例えば定食屋で毎回同じ定食。

ラーメン店で同じラーメン。

カフェで同じ飲み物。

店員からすると、

「あの人はこれを注文する人」

という形で記憶しやすくなる可能性はある。

人の顔だけでなく、

来店時間。

座る場所。

注文。

服装。

行動パターン。

こうした情報が組み合わさって認識される。

だから「50回」という回数そのものより、同じ行動を繰り返していることのほうが顔を覚えられる要因になる場合もありそうだ。

常連になっても特別扱いを求めなくていい

常連になると、

「何かサービスしてもらえるのでは?」

と考える人もいるかもしれない。

しかし、一人飯で考えるなら特別扱いは必要ないと思う。

普通に入れる。

普通に注文できる。

普通に食べる。

普通に帰る。

それだけでいい。

むしろ店との関係が近くなりすぎると、

「今日は行かないと悪いかな」

「別の店に行ったら申し訳ないかな」

など、余計なことを考えてしまう可能性もある。

一人飯の良さは自由さにある。

常連になっても店に縛られない。

この距離感は大切だと思う。

店員と話さなくても50回通っていい

一人で静かに食べたい人にとって、常連化には少し不安もある。

顔を覚えられたら話さなければいけないのか。

毎回挨拶しなければいけないのか。

注文を変えたら変に思われないか。

しかし、そこまで気にする必要はない。

客として普通の礼儀を守っていれば十分だ。

必要な注文をする。

食事をする。

会計する。

「ごちそうさま」と言えるなら言う。

それだけでも店との関係は成立する。

常連=店員と友達になることではない。

ここを分けて考えると、一人飯はかなり気楽になる。

50回通う最大のメリットは「迷わなくなること」

同じ店に50回通うメリットは何だろう。

私が大きいと思うのは、店選びの負担が減ることだ。

今日はどこで食べよう。

一人で入りやすいだろうか。

混んでいるだろうか。

注文方法は難しくないか。

値段はいくらくらいか。

初めての店ではいろいろ考える。

しかし50回通った店なら、その多くを知っている。

「今日はあそこにしよう」

それだけで行動できる。

一人で生活していると、この迷わず利用できる場所があることは意外と便利だ。

50回目でも何も起きないかもしれない

少し面白いのは、50回目に特別なイベントが起こるわけではないことだ。

49回目。

50回目。

51回目。

おそらく普通に食事をして終わる。

店員から、

「50回来店おめでとうございます」

と言われるわけではない。

しかし、そこが常連の面白いところでもある。

常連になる瞬間は明確ではない。

何度も店へ行っているうちに、

気づいたら常連になっていた。

そんな変化なのだろう。

50回の次は100回を考えてみる

50回まで来たら、次は100回という数字も見えてくる。

100回なら週1回でも約2年。

週2回なら約1年。

かなり長い付き合いになる。

さらに300回。

500回。

1000回。

ここまで行けば、単なる飲食店というより、自分の生活史の一部になっているかもしれない。

転職。

引っ越し。

季節の変化。

年齢。

生活環境。

自分自身は変わっても、同じ店で同じ料理を食べる。

一人飯を長く続けるなら、こうした「定点」のような店が一つあっても面白い。

常連の本当の境界線は回数ではないのかもしれない

1回。

10回。

30回。

50回。

100回。

数字を増やせば常連度も上がるように見える。

しかし、本当の境界線は別のところにあるのかもしれない。

店へ行く前に緊張しない。

注文方法を考えない。

どこに座ればいいかわかる。

店員の顔を何となく知っている。

料理の味も知っている。

一人で入ることに何の抵抗もない。

そして、

「今日はあの店で食べよう」

と自然に思える。

この状態になった時点で、その人にとっては十分「いつもの店」なのではないだろうか。

まとめ|50回なら「かなりの常連」。でも回数より大切なものがある

同じ店に50回通えば、かなり常連に近い存在になると思う。

特に同じ曜日、同じ時間帯、同じスタッフ、同じような注文という条件が重なれば、店員から顔を覚えられる可能性も高まるだろう。

しかし、

50回通ったから必ず完全な常連になる

とは言い切れない。

店の規模やスタッフの入れ替わり、利用頻度によって状況は変わる。

そして、一人飯で本当に重要なのは店員から「常連認定」されることではない。

一人でも気軽に入れる。

迷わず注文できる。

静かに食べられる。

必要以上に気を使わない。

また来ようと思える。

そんな店が生活の中に一つあることだ。

50回目は単なる数字かもしれない。

それでも50回も一人で同じ店へ行ったという事実は、その店が自分の日常の一部になった証拠でもある。

常連とは「店員と仲良くなった人」ではなく、「何も考えず一人で入れる店を持っている人」なのかもしれない。

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