高校2年の冬、部活帰りの夕方。
ふだんは友達とふざけ合いながら帰る道も、その日は珍しくひとりだった。
みんな用事があって先に帰り、気づけば校門を出たのは自分だけ。
冷たい空気を吸った瞬間、急にお腹がすいてきた。
歩いていると、いつも友達と入っていた小さなラーメン屋の前に着いた。
ガラス越しに店内をのぞくと、おじさんやサラリーマンが静かにラーメンをすすっている。
でも“ひとりで店に入る”という行為が、当時の自分には少しだけハードルが高かった。
「ひとりで入って変じゃないかな」
「友達に見られたらどう思われるだろう」
そんな小さな不安が頭をよぎる。
けれど、暖簾の隙間から漂うしょうゆスープの香りが、
その迷いを溶かすようにふわっと押し寄せてきた。
部活で動いた身体には、その香りがたまらなかった。
思い切って暖簾をくぐる。
カラカラと鈴の音が鳴り、店主が短く「いらっしゃい」と言った。
そのたった一言で、肩の力がすこし抜けた。
空いていたカウンター席に座り、
メニューを見るまでもなく「しょうゆで」と声を出していた。
一人で注文するだけで、なぜか少し大人になった気がした。
湯気を立てながら運ばれてきたどんぶりは、
学生の自分にはごちそうに見えた。
透き通るような琥珀色のしょうゆスープ、
シンプルな麺、薄めのチャーシュー。
派手ではないけれど、どこか温かい。
ひと口すすった瞬間、
体にスッと染み込むようなやさしい味に、
思わず「うまい…」と心の中でつぶやいた。
気づくと、さっきまであった“ひとりの不安”は消えていた。
周りを見れば、仕事帰りらしき人たちは自分と同じように、
静かに、落ち着いた表情でラーメンと向き合っている。
「ひとりって案外ふつうなんだ」
「むしろ、こういう時間っていいかもしれない」
そんな気持ちがじんわり湧いてきた。
食べ終わって外に出ると、空気は冷たいのに心は温かかった。
ほんの700円ほどのラーメンなのに、
自分の世界が少し広がったような気がした。
その日から、学校帰りにひとりで寄るラーメンは、
自分だけの小さなご褒美になった。
誰とも話さず、自分のペースで食べる自由さ。
しょうゆラーメンの香りとともに、
“ひとりを楽しむ感覚”がそこから生まれた。

コメント