1990年、渋川高校の学食は”半分しか使われてなかった”理由。あの静かな昼休みを思い出す

Solo Eating Out(ひとり外食)

1990年ごろ、私が渋川高校に通っていた時代。昼休みになると生徒は一斉に校舎のあちこちへ散っていく。購買へ走る男子、教室に残って自分の弁当を静かに広げる女子、部活の仲間と廊下で立ち食いしている連中もいた。そんな中で、学食を使っていた生徒は全体の“半分くらい”だったと記憶している。

理由はいくつかある。まず、当時は弁当文化が強かった。親が毎朝作ってくれる家庭が多く、弁当のほうが安いし量も調整しやすい。渋川は地方だから、コンビニ文化も今ほど浸透していなかった。だから「お弁当=普通」という空気が強くて、学食に行くのは少数派だった。

次に、学食のメニューも今と比べるとかなり質素。うどん、そば、カレー、揚げ物定食。どれも値段は安いが、特別に「学食に行きたい!」と思わせるほどの派手さや種類はなかった。人気メニューが存在していたわけでもなく、ただ淡々と腹を満たす場所。だから、わざわざ席を確保して並んでまで行く生徒は限定的だった。

さらに、学食の雰囲気も“静か”だった。昼休みでもガヤガヤしない。友達とワイワイ行くよりも、一人でふらっと来て静かに食べて帰る、そんな空気だった。私も数回利用したが、あの独特の静けさと淡々とした時間の流れを、今でもはっきり覚えている。カレーのスパイスの匂い、アルミのスプーンが皿に当たる軽い音、窓から入る冬の明るい光。忙しいようで、どこかゆっくりしていたあの感覚は。

また、席数にも限りがあった。昼休みの前半は意外と混むことが多く、並ぶのが苦手な生徒は自然と利用を避けていた。教室で食べたほうが楽だし、部活仲間と騒ぎたいなら中庭のほうが自由だった。当時の高校生にとって、学食は「みんなで行く賑やかな場所」というより“必要な人だけが使う場所”という存在だった。

今振り返ると、あの学食はまさに「ソロ飯」の原点だったと思う。友達がいなくて孤独だからではなく、自分のペースで、自分のタイミングで、ご飯を食べられる場所。それが渋川高校の学食だった。半分しか利用していなかったという数字の裏には、渋川高校の生徒たちがそれぞれ自分の居心地の良い昼休みの過ごし方を持っていたという時代背景がある。

もし今あの学食に座れたら、当時の空気をもう一度味わいたい。静かで、あたたかくて、どこか優しい、あの1990年の昼休みを。

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