大学時代、私は群馬県渋川市行幸田にある「渋川弁当」でアルバイトをしていた。周りの友達はカフェや居酒屋に流れることが多かったけれど、私はあの“小さな弁当屋の香り”がなんとなく好きで、気づけば週に数日、早朝から揚げ物の音に包まれながら働いていた。油のはぜる音、炊きたての米の湯気、玉子焼きの甘い香り。今思い返すと、それらすべてが青春の一部だった気がする。
とくに楽しみだったのは、シフト終わりにいただける「まかない弁当」。一般のお客さんと同じ弁当なのに、従業員が食べると妙にスペシャルに感じる。白米はふっくら、唐揚げはサクッとジューシー。おかずの品数も多くて、大学生の胃袋には十分すぎるほどだった。あの頃はお金もなかったから、弁当をもらえるだけで助かったし、何より「働いたご褒美」と思える味だった。
私は唐揚げ弁当が特に好きだった。揚げたてを一口かじると、衣がザクッと割れ、中から肉汁がじゅわっと広がる。コンビニの唐揚げとはまた違う、手作り感と優しさのある味だ。休憩室で友達のKちゃんと二人で黙々と食べながら、「これだけで時給の半分くらい戻ってる気がするね」なんて笑っていた。今思えば、あの時間こそが一番の贅沢だったのかもしれない。
土日は注文が多く、配達の車が何度も往復していた。体育祭や部活大会、地域のイベントの日はとくに忙しい。大量の揚げ物、山のように積まれる白米。大変だったけど「人の役に立っている」実感があった。お昼前のピークを乗り越えて、座って弁当の蓋を開けた瞬間の幸福感は今でも忘れられない。
社会に出てからは、あの素朴な味が恋しくなることがある。東京で暮らしても、なぜか無性に渋川弁当の唐揚げが食べたくなる日があるのだ。チェーン店の味ではなく、地元の台所から生まれる温かさ。働く人の笑顔、揚げ物の匂い、制服に染み込んだ油の香りさえ懐かしい。
大人になって気づいたのは、ただのバイト先じゃなかったということです。あの場所で、私は働くことの楽しさを知り、仲間との時間を過ごし、そして日々の小さな幸せを感じていた。「まかない弁当」は給料以上の価値があった。今、ひとり飯好きになった自分の原点は、たぶん渋川弁当にある。
いつかまた渋川に行ったら、ふらっと寄ってみたいです。学生バイトだった頃の自分には会えないけれど、あの味に再会できたら、それだけで胸がじんわり温かくなりそうだ。もし渋川でひとりランチの場所を迷っている人がいたら、ぜひ思い出と一緒にあの唐揚げを味わってほしい。きっと、じんわり心に残るはずだから。


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