わたしが渋川市行幸田の『渋川弁当』でアルバイトしたきっかけは、午前の短時間勤務だったから

Solo Eating Out(ひとり外食)

渋川市行幸田にあった『渋川弁当』。名前を聞くだけで今でもふわっとご飯の湯気と、早朝の空気の冷たさを思い出す。高校生でも大学生でもなく、ちょうど「朝の数時間だけ働けるバイト」を探していた時期。放課後の部活は続けたかったし、夕方は自分の時間にしたかった。そんなわがままな条件にぴったりだったのが、この弁当屋の午前だけの短時間勤務だったのだ。

出勤はいつも早朝。まだ空が薄暗い時間に自転車をこぎ、店に着く頃には空がわずかに明るくなり始める。開店前の店内には人の気配が少なく、機械の音と、ご飯を炊く蒸気の音だけが聞こえる。タイマーが鳴り、炊き上がりの蓋を開けた瞬間に広がったあの湯気。白米の甘い香りは、今思っても胸の奥に残っているし。

仕事は、まず白米の箱詰めから始まる。木のしゃもじでご飯をほぐすと、湯気が一気に顔にかかって眼鏡が曇る。手際よく詰める人の横で、最初の頃はぎこちなく真似をしていた。“早くリズムに乗りたい”と密かに焦りながら。けれど、人が増え始めると不思議と体が自然に動くようになる。揚げ物の香ばしいにおい、味噌汁のだしの香り、それらが店に満ちていくと「今日も始まったな」と感じられた。

シフトは午前中で終わる。昼前に店を出ると、太陽がしっかり昇っていて、なんだか一仕事終えた大人のような気分になれた。働いた帰り道は、疲れよりも充実感のほうが勝っていた。そのまま学校へ行く日もあったし、休日は家に帰ってからもう一度布団に倒れ込むこともあった。

そして、何よりうれしかったのが、余った弁当を持たせてもらえることもあったこと。唐揚げ弁当の日、鮭弁当の日、焼肉弁当の日──持ち帰りながらふと「働くってこういう楽しみもあるんだ」と知った。昼前に家に戻り、温かい弁当を一人で食べる時間は、小さな報酬であり、ご褒美でもあった。

バイトを始めたきっかけは「時間がちょうどよかったから」。理由は単純。でも、そこから得た経験は今のわたしを形づくった気がする。朝の静けさと温かい湯気、白米のやわらかさ、みんなの「おはよう」の声。あの店になじんでいく自分が、少し誇らしかった。

もし今あの店の前を通ったら、きっと足を止めてしまうだろう。あの頃の気持ちが、ふと胸に帰ってくる気がするから。

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