渋川市行幸田の「渋川弁当」。今でも名前を聞くだけで白い湯気が浮かぶ。

Solo Eating Out(ひとり外食)

渋川市行幸田の「渋川弁当」。今でも名前を聞くだけで白い湯気が浮かぶ。
大学時代の私は、朝が弱かった。それでも週に数回、夜明け前の薄暗い時間にチャリで向かった。国道沿いの工場のような建物。看板は派手じゃないのに、朝の4〜5時にはもう明かりがついている。渋川弁当は、地域の工事現場・企業向けに仕出し弁当を作っていた店だ。

初日、緊張しながら扉を開けると、ふわっと広がるのは炊き立ての米の香り。
白米の香りで目が覚めるバイトなんて他にない。
大きな炊飯釜に手を添え、シャモジで底から返す。湯気で前髪がしんなりして、腕まで熱いけど、なぜか嫌じゃなかった。朝の工場は静かで、鍋の蓋がぶつかる「カンッ」という金属音や、フライヤーの「ジューッ」という油の音がリズムになっていた。

盛り付けの時間になると空気が少し慌ただしくなる。
唐揚げの匂い、白身フライの衣のザクザク、卵焼きの甘い香り。
「弁当って、ただ詰めるだけじゃない。作る人の気持ちも入るんだ。」
あの頃の私は、まだそれに気づいていなかった。

作業が一段落すると、お楽しみが来る。
まかない弁当。

これが想像以上にうまかった。
白米がまず違う。粒が立ってる。冷めても甘い。
唐揚げは揚げたてで、衣がバリッと音を立てる。
きんぴらごぼうは噛むほど香りが広がる。
学生の腹には贅沢すぎた。
「こんな美味い弁当が毎回もらえるのか…」
そう思うと、眠気すら報酬に変わった。

ある日、先輩に言われた。

「弁当作りってさ、人の午前中を決める仕事だよ。」

深いような、そうでもないような。でも、その一言が妙に残ったのだ。
現場の人は朝から働く。腹が満たされていたら少し頑張れる。
その弁当に自分の手が加わっていると思うと、誇らしくなった。
料理って、ただ空腹を満たすだけじゃない。体力も、気持ちも支える。

今もたまに思い出す。
早朝の空気、まだ青くて冷たい道路、店に近づくと漂う米の香りです。
朝の弁当の湯気は、なんだか人生の原点のようだった。

大人になってから弁当を買うとき、つい渋川弁当と比べてしまう。
あの頃の唐揚げの味、今でも超える店はなかなかない。
一つだけ後悔があるとすれば、もっと写真を撮って残しておけばよかったこと。
でも、記憶の中では今も湯気が立っている。

「早起きは苦手。でも、弁当の香りは人生の目覚まし時計だった。」
そんな青春の断片は、今のソロ飯にも確かにつながっている。

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