子どものころ、母から時々“昔の食べ物の話”を聞かされることがあった。
その中でも一番衝撃だったのが、「山で捕れた野ウサギを食べていた」という話だ。
今の時代ではまず聞かない食文化だし、スーパーにも並ばない。
だからこそ、その言葉を初めて聞いた時、思わず「本当に?」と聞き返したのを覚えている。
母が子どもだった昭和のころ、山のある地域では、
季節によっては野ウサギが捕れることがあったらしい。
それは“特別なごちそう”というより、
自然の中で得られる貴重なたんぱく源という位置づけだった。
「ウサギはね、肉がきれいで、臭みがなかったよ」
母はそんなふうに、懐かしそうに話していた。
煮物にしたり、鍋に入れたり、
家庭によっては焼いて食べることもあったとか。
今の私たちが感じるような抵抗感は、当時の人にはなかったんだと思う。
食べ物が豊富ではなかった時代、
山や川から分けてもらう自然の恵みは、とてもありがたいものだったのだ。
母の話を聞きながら、
「今と昔の“食の距離感”ってこんなに違うんだな」としみじみ思った。
スーパーでいつでもきれいに処理された肉が手に入る現代。
でもその便利さの裏で、食べ物がどこから来ているのかを忘れがちになる。
母の世代は、獲れた命に手を合わせて料理をして、
無駄なく食べ切るのが当たり前だったという。
それを聞いて、ただ驚くだけでなく、
どこか温かく、優しい気持ちにもなった。
「昔はね、食べられるものがあるだけでありがたかったんだよ」
その言葉には、昭和の暮らしの厳しさと、
それでも前向きに生きてきた人たちの強さが詰まっている気がした。
私は母の作る料理が好きだ。
特別な食材じゃなくても、どこかホッとする。
それはきっと、母が昔から“食べること”を大事にしてきたからだ。
野ウサギの話はもう昔のことだけど、
食べ物に向き合う姿勢は今も変わらない。
そんな母の思い出話を聞いていると、
自分が日々食べているものにも、
もっと感謝したい気持ちが湧いてくる。


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