──車の中が、ひとり時間の特等席だった。
2010年代、まだ30代だった頃。
仕事帰りや週末の小さなご褒美に、わたしはマクドナルドへよく寄っていた。
でも、ほとんど店内では食べずにドライブスルー派。今思えば、あの頃の自分にとって車は「小さな部屋」であり、「逃げ場」であり、そして「自由」だったのかもしれない。
夜遅くにライトアップされた赤と黄色の看板を見ると、不思議とホッとした。
ハンバーガーの温度とポテトの塩気が、疲れた心までじんわり染み込んでくる。並ばなくていい、誰とも話さない、ただ注文して受け取って車に戻る。それだけで、もう癒しだった。
注文はいつも似ていた。
ビッグマックセット+ナゲット(バーベキュー派)。
あの頃はまだ食欲も若く、深夜だろうが平気でペロッといけた。ドリンクの氷がカラカラと音を立て、窓の外では街灯だけが静かに照らす。そのリズムが妙に落ち着いた。
店内で食べようと思えばできたのだ。
賑やかな店内、家族連れ、学生の笑い声、揚げたての香り。
でも、わたしはフライドポテトと夜風の組み合わせが好きだった。
シートを少し倒し、袋からポテトを摘んで食べる。手についた塩をぺろりと舐め、冷めかけたコーラを飲むと、なぜだか人生がちょっと許せる気がした。
当時の車内BGMは、たいてい洋楽かJ-POPです。
雨の日はワイパーの音がリズムになり、冬はハンドルが冷たかった。だけどあの孤独は嫌じゃなかった。むしろ贅沢に感じていた。
誰にも見られず、話しかけられず、マックを頬張るだけの時間。それが妙にしあわせだった。
今では栄養や健康に少し気を遣うようになったけれど、あの頃の記憶は、胸の奥で静かにあたたかい。
ふとポテトの香りがすると、思い出が蘇る。
夜のドライブスルーの列、バックミラーに映る赤いテールランプ、そして紙袋から漂うあの香り。
店内で食べる人が好きなら、それも良いと思う。
わたしはただ、あの**「車の中で食べるマック」**が好きだっただけだ。
孤独というより、ひとりだから感じられる味があった。
30代のわたしの夜には、マクドナルドの明かりが優しく寄り添っていた。
あの頃の自分に言うならこうだ。
「その時間、大事にしておけ。未来の自分が宝物にするから。」


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