新卒で入社した会社は、従業員が300人ほどいる中規模の企業だった。
食堂は広く、長いテーブルが並び、その中央をサラリーマンが絶えず行き交っていた。
昼になると一斉に席が埋まり、どこかで誰かが笑っているような、そんな喧騒の中の食事だった。
だけど、僕はいつも ひとりで弁当を食べていた。
同期と談笑しながら昼を過ごすこともできたはずだし、
周りを見ればテーブルを囲んだ数人のグループが自然とできていた。
でもなぜか僕には、その輪に入る気持ちが湧かなかった。
理由ははっきりしていない。
ただ、朝の電車も、通勤途中のコンビニも、会社の席も、
どこか「初めての生活」に馴染むだけで精一杯で、
昼休みくらいはそっと息をつきたかったのかもしれない。
食堂の端の窓側の席。
いつの間にかそこが僕の“定位置”になった。
買ってきたコンビニ弁当のフタを開け、
ヘッドホンをしながらゆっくり箸を動かす。
周りの笑い声や業務の愚痴が遠くに感じられて、
少しずつ気持ちが落ち着いていく時間だった。
最初の1ヶ月、
「ひとりで食べていて寂しくない?」と同期に聞かれた。
そのとき初めて、自分が“少し変わった選択”をしているのかもしれないと思った。
でも、どこかでわかっていた。
群れることに疲れるタイプなのだと。
ひとりの昼ごはんは、決してマイナスではなかった。
むしろ、午後の仕事に集中するためのリセットになっていた。
周りに合わせなくていい。
誰かの会話に気を使わなくてもいい。
ただ、自分のペースで咀嚼して、弁当の味を感じるだけでよかった。
そんな日が半年、1年と続くうちに、
周りも僕が“ひとりで食べる人”だと認識したようで、
誰も無理に誘ってこなくなった。
でも、不思議と孤独ではなかった。
食堂の窓から見える空の色、
仕事の合間に飲む温かいお茶、
午後のタスクをどう片付けるかを考える時間。
そのどれもが、僕にとっては“ひとりの充電”だった。
ある日、仕事で大きなミスをして落ち込んだときも、
いつもの席で弁当を広げていると、
不安な気持ちが静かに整っていった。
弁当なんてただの食事だけど、
あの頃の僕にとっては”居場所”だったのかもしれない。
いま振り返ると、
ひとりで食べる昼休みを選んでいたあの頃の自分を、
少し誇らしく思う。
あの静かな30分があったから、
新卒の不安定な日々をどうにか乗り越えられたのだと思う。
ひとりで食べる時間は、
孤独じゃなくて、じぶんを取り戻す作業だった。
あの食堂の隅で食べた弁当の味を、
僕はきっとこれからも忘れない。


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