2010年代。まだ学生で、社会に出る前のふわっとした時期。
夜の渋川の街を自転車で走りながら、ふとガスト 渋川店の前で自転車を止めたことがある。ガラス越しに見える店内は明るくて、賑やかで、制服姿の店員さんが忙しそうに動いていた。あのとき、私はバイトを探していて、ガストに応募しようかと本気で悩んでいた。
飲食店のバイトは大変らしい──そんな話は聞いていたけれど、どこか心惹かれていた。
注文をとったり、料理を運んだり、まかないを食べたり。
夜のシフトに入れば、少し大人の世界に触れられるような気がしていた。
でも結局、応募ボタンを押せなかった。
理由は単純で、少しの勇気が足りなかったから。
客前で失敗したらどうしよう。皿を落としたら。注文を聞き間違えたら。
そんな小さな不安が胸に溜まって、気づけば「今日はいいか」と帰路を選んでいた。
いま思うと、もしあのとき働いていたら世界が少し違っていたかもしれない。
深夜の店内で、同年代のバイト仲間とくだらない話をしていたかもしれない。
休憩時間にドリンクバーでミルクティーを注いで、戻りたくなくなるほど居心地のいい空間ができていたかもしれない。
もしかしたら、そこで仲良くなった誰かと恋をしていた可能性だって、ゼロじゃない。
仕事を知るきっかけって、本当は目の前にあったんだと思う。
そのとき踏み出さなかった自分を責める気持ちはもうないけど、たまに思い出すと胸が少しチクッとする。
そんな私も今は大人になり、ひとりでガストに入れるようになった。
学生時代に感じていたあの“ハードル”は、いまの私にはもうないの。
注文も、会計も、ゆっくり一人で食事を楽しむこともできる。
あのとき迷った店で、いまは落ち着いてメニューを開けている──人生って面白い。
もし時間が戻れるなら、昔の自分にひとこと言いたい。
「大丈夫。失敗してもいい。やってみた経験は必ず未来で役に立ちます。」
ガストの前で自転車を止めたあの日の自分が、今こうして文章を書いている。
勇気がなかった過去も、少し遠回りした道も、今は全部愛しい。
またいつか渋川店で食事をしよう。
そのときは、過去の自分にそっと乾杯しようと思う。


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