中国の万里の長城を歩いていると、まるで世界の“屋根”の上に立っているような感覚になる。果てしなく続く石の道、雄大な山並み、遠くで揺れる砂埃。観光地でありながら、どこか静けさのある場所だ。その長城の途中で、ふとお腹が空いた。せっかくならこの景色の中で食べたい。そう思って、近くの売店と小さな食事処に立ち寄った。
注文したのはシンプルな北京料理。チャーハン、青菜炒め、そして名物の北京ダックのミニセット。観光地価格ではあったが、せっかくの旅なのだから、少し贅沢してもいい。席に着くと、窓の外には長城の石壁と、その奥に広がる荒涼とした山が見える。食べ物より先に風景の迫力がくる。“ここで食べる”というだけで、料理に物語性が生まれるのが旅の不思議だ。
まずチャーハンをひと口。日本のものより油が多くて、パラパラというよりしっとり系。それが妙にうまい。香辛料の香りがふわっと広がり、長城の風に乗って室内に戻ってくるような感覚がある。景色と味が混ざり合うと、普段のチャーハンとは全く違う印象になる。
次に青菜炒め。これは驚くほどシャキシャキしていて、塩とニンニクの香りが絶妙。山の上でこんなに野菜が美味しいなんて思わなかった。油が多めなのに重さがなく、するすると食べられる。中国の青菜炒めが世界で愛される理由を一瞬で理解した。
そして、北京ダック。観光地仕様ではあったが、皮の香ばしさと甘めのタレがよく合う。薄い餅皮に包んで食べると、カリッとした食感とネギの爽やかさが混ざって、思わず笑ってしまうほど美味しい。正直、本場の専門店の味とは違うが、**“万里の長城で食べる”**という事実が最高の調味料になっていた。
食べながら窓の外を見ると、長城を黙々と歩く観光客が見える。汗を流しながら歩いては立ち止まり、写真を撮ってまた歩く。あの人たちも、どこかで同じように小さな食堂に入って休憩しているのかもしれない。旅先で食べるご飯には、知らない人たちの時間が流れていて、それが妙に心地いい。
食べ終わる頃、遠くの山に薄い霞がかかっていた。広大さと静けさが混ざった空気の中で、胃がじんわり温まっていく。高級な店ではないけれど、この場所で、この景色で食べたというだけで、北京料理が特別なものになる。食べ歩きの旅でも、観光の旅でもない。ただ、長城に座って食べただけで、忘れられない一食になるのだから、旅の力は本当にすごい。
万里の長城で食べた北京料理は、味そのもの以上に“時間と景色の記憶”として強く残っている。ひとり旅のソロ飯は時々孤独になるけれど、この日はそれがむしろ贅沢に感じた。誰にも邪魔されない世界遺産の景色と、素朴だけれど温かい料理。それらすべてが重なって、心に静かに沁みていった。


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