渋川高校の学食を“3年間一度も使わなかった”理由。1990年代、私の静かな昼休み

Solo Eating Out(ひとり外食)

1990年ごろ、私が渋川高校に通っていた3年間。
今振り返れば不思議なのだが、私は一度も“学食”を利用しなかった。友人に誘われたわけでもなく、学食が嫌いだったわけでもない。ただ、自然に、気づけば一度も足を運ばなかった。それには、当時の学校の雰囲気や、自分の性格も大きく影響していたように思う。

まず、弁当文化が強かった。渋川という土地柄なのか、ほとんどの生徒が家から弁当を持ってきていた。親が毎朝作ってくれる温かい弁当。それを教室で広げるのが、当たり前の日常だった。弁当を持ってこない生徒は少数派で、購買や学食へ行く人は半分以下でした。だから、わざわざ学食へ行くという発想自体があまり浮かばなかった。

そして何より、私は“静かな昼休み”が好きだった。午前中の授業が終わり、チャイムが鳴ると軽く伸びをして、自分の席に戻る。窓から風が入り、外の光が机に差し込む。そんな中で、カバンから弁当箱を取り出し、ひとりで食べる時間が心地よかった。友達と話す時もあったが、無理に合わせる必要がない、あの自由さが好きだった。

学食に行くとなると、席を確保したり、列に並んだりと、どこか“イベント感”があった。昼休みを静かに過ごしたい自分にとって、あの少しザワザワした雰囲気は合っていなかったのかもしれない。もちろん学食が賑やかというわけではなかったが、教室で自分のペースを守れるほうが性に合っていた。

また、当時の学食のメニューはかなりシンプルで、どうしても「食べたい!」と思うほどのインパクトはなかった。うどん、そば、カレー、揚げ物定食。どれも手軽で安かったが、教室でゆっくり弁当を食べる自分にとって、わざわざ移動してまで買う理由はなかった。

思えば、あの頃から私は「ひとりの食事」に落ち着きを求めていたのだと思う。周りに気を使わず、時間を自分で調整できる。何も話さなくても、誰にも合わせなくてもいい。高校生の頃は意識していなかったが、今振り返ると、それはまさに“ソロ飯”の感覚そのものだった。

3年間、学食を使わなかったことに後悔はない。むしろ、教室の窓際で食べたあの弁当の味や、昼休みの光景が今でも鮮明に残っている。クラスのざわめき、遠くから聞こえる部活の声、黒板のチョークの跡。あのすべてが、私にとっての「昼休み」だった。

もし今あの時代に戻れるなら、あえて一度くらい学食に行ってみたい気持ちはある。カレーの匂いや、長いテーブルの冷たさを感じてみたい。でも、きっと私はまた、自分の席で弁当を広げるだろう。
その静けさこそが、1990年代の私の昼休みだったのだから。

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