食べ物には、「好き」と「嫌い」だけでは表現できないものがある。
興味はある。
一度は食べてみたい。
でも、実際に口へ運んでみると、自分には合わなかった。
そんな経験は誰にでもあるのではないだろうか。
私にとって、その一つが豚足だった。
一度は挑戦してみたかった
豚足は以前から気になっていた。
居酒屋のメニュー。
焼肉店。
スーパーのお惣菜コーナー。
見かけるたびに、「いつか食べてみよう」と思っていた。
食べたことがないものを経験してみたい。
soloeatを続けていると、そんな気持ちが少しずつ強くなっていた。
見た目のインパクト
実際に目の前へ置かれた豚足は、想像していた以上に存在感があった。
骨付き。
皮付き。
ぷるぷるとした見た目。
普段食べ慣れている肉とは、まったく違う。
「これを本当に食べるのか。」
そんな気持ちが少しだけ湧いた。
まずは一口
思い切ってかじってみる。
最初に感じたのは、コラーゲンのような弾力だった。
柔らかい部分もある。
しかし、皮の食感は独特だ。
噛めば噛むほど味は出る。
決してまずいわけではない。
ただ、自分が慣れていない食感だった。
味よりも食感
食べ物は味だけでは決まらない。
香り。
温度。
歯ごたえ。
口当たり。
豚足は特に食感が個性的だった。
その食感に最後まで慣れることができなかった。
無理に食べなくてもいい
私は「挑戦した以上、全部食べなければ」と考えた。
しかし途中で思った。
無理をして食べる必要はない。
挑戦したこと自体に意味がある。
好きになれなかった。
それも立派な経験だった。
「食べられない」と「嫌い」は違う
豚足が嫌いになったわけではない。
むしろ文化としては興味がある。
地域によっては名物でもある。
長年親しまれている料理でもある。
今回は、私の好みに合わなかっただけなのだ。
一人だから気楽だった
soloeatの良いところは、一人で自由に挑戦できることだ。
誰かと一緒なら、
「残したら悪いかな。」
「反応を気にされるかな。」
そんなことを考えてしまうかもしれない。
一人なら、自分のペースで味わえる。
合わなければ正直にそう思える。
新しい経験は無駄にならない
食べられなかった。
それだけ聞くと失敗のように思える。
しかし私はそうは思わない。
「食べたことがない。」
から、
「一度食べてみた。」
へ変わった。
その違いは大きい。
経験は、自分の世界を少しだけ広げてくれる。
また数年後に挑戦したい
味覚は年齢とともに変わる。
昔苦手だったものが好きになることもある。
逆に好きだったものが変わることもある。
だから今は食べ切れなくても、数年後には印象が変わるかもしれない。
そのときは、もう一度挑戦してみたい。
soloeatは成功だけではない
soloeatというと、「おいしかった」という記事が多い。
しかし、それだけではない。
「思ったより合わなかった。」
「食べ切れなかった。」
そんな記録も、食の経験として残す価値がある。
成功だけを書くより、リアルな記録になる。
自分の好みを知る
いろいろ食べてみると、自分が何を好きで、何が苦手なのかが分かってくる。
それは料理だけではない。
食べ方。
雰囲気。
店選び。
一人で食べる時間。
すべて含めて、自分らしい食生活ができていく。
まとめ
豚足に挑戦した。
一口かじった。
しかし最後まで食べ切ることはできなかった。
それでも後悔はしていない。
挑戦したからこそ、自分の好みを知ることができた。
soloeatは、高級料理を食べることでも、完食することでもない。
知らなかった食べ物に出会い、自分なりの感想を持つこと。
その積み重ねが、一人の食の楽しさにつながっているのだと思う。
次に知らない料理を見つけたら、私はまた一人で挑戦してみたい。
その一歩が、食の世界を少しだけ広げてくれるはずだから。


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