自分でも少し変わっていると思った
今でも思い出すと笑ってしまう出来事がある。
会社の同僚3人と昼食へ行った日だった。
みんなで麺を食べた。
普通なら、その日はそれで終わる。
ところが私は約1時間後、同じ店へ一人で戻り、今度はうな重を注文していた。
「何をやっているんだろう。」
自分でも少しそう思った。
でも、その時間は意外と悪くなかった。
みんなで食べる昼食
昼休み。
同僚から、
「今日は麺でも食べに行こう。」
と誘われた。
特別な店ではない。
会社の近くにある食事処だった。
席に着き、それぞれ好きな麺を注文する。
仕事の話。
休日の話。
テレビの話。
笑いながら食事をする。
それはそれで楽しい時間だった。
気になっていたメニュー
食事を待っている間、メニューを眺めていた。
そこには立派なうな重が載っていた。
「おいしそうだな。」
そう思った。
しかし昼休みは限られている。
時間も予算も考えて、その日は麺を選んだ。
でも、うな重の写真だけは頭に残っていた。
午後の仕事中も忘れられない
会社へ戻る。
午後の仕事が始まる。
それでも、不思議なくらいうな重が気になっていた。
「さっき食べればよかったかな。」
「でも麺もおいしかった。」
そんなことを考えていた。
仕事が一区切りついた
少し時間ができた。
気付けば、店へ向かって歩いていた。
「せっかくだから食べよう。」
そう思った。
一時間前に出たばかりの店へ戻る。
自分でも少し面白かった。
店員さんは覚えていたかもしれない
店へ入る。
さっきまで同僚と座っていた席とは違う場所へ案内される。
店員さんは覚えていたかもしれない。
「また来た。」
そう思われたかもしれない。
でも、不思議と恥ずかしさはなかった。
一人で来た理由を説明する必要もない。
食べたいから来た。
それだけだった。
一人だから味わえる時間
注文したのは、もちろんうな重。
湯気が立ち上る。
ふたを開ける。
甘辛い香りが広がる。
うなぎの照り。
白いご飯。
吸い物。
漬物。
どれも丁寧だった。
さっきは同僚との会話を楽しんでいた。
今度は料理だけに集中する。
同じ店なのに、まったく違う時間だった。
一人だと料理が主役になる
誰かと食べる時間は会話も楽しい。
でも、一人で食べる時間は料理そのものを楽しめる。
うなぎの柔らかさ。
タレの甘さ。
ご飯との相性。
吸い物の香り。
一つひとつをゆっくり味わえた。
これがsoloeatの魅力なのだと思う。
「また来た人」でも気にしない
昔なら気になっていた。
「さっき来た人だ。」
そう思われるのではないか。
そんなことを考えていただろう。
でも実際は誰も気にしていない。
店員さんも忙しい。
他のお客さんも自分の食事に夢中だ。
一番気にしているのは、自分だけだった。
一人の自由さ
一人には自由がある。
今食べたいものを食べる。
行きたい店へ行く。
時間も自分で決める。
今回のように、一日に二回同じ店へ行くことだってできる。
誰にも相談はいらない。
それが一人ご飯の面白さだった。
少し贅沢な時間
うな重は毎日食べるものではない。
だからこそ、特別感があった。
昼休みの麺。
その後のうな重。
二回食事をした一日は、少し贅沢だった。
でも、その満足感は長く続いた。
食事は思い出になる
今でも店名より先に思い出す。
「同じ日に二回行った店。」
そんな記憶として残っている。
豪華な旅行ではない。
高級レストランでもない。
それでも、妙に印象深い。
食事には、その日の空気まで記憶に残す力がある。
soloeatだからできた
もし「一人で外食するのは恥ずかしい」と思っていたら、この体験はなかった。
一人だからこそ、気になった店へ戻れた。
一人だからこそ、食べたいものを注文できた。
誰にも合わせなくていい。
その自由さが、外食をもっと楽しくしてくれた。
まとめ
同僚3人と麺を食べた一時間後、私は同じ店へ戻り、一人でうな重を食べた。
少し変わった行動だったかもしれない。
でも、その日のことは今でもよく覚えている。
誰かと食べる時間には、会話の楽しさがある。
一人で食べる時間には、料理と向き合う楽しさがある。
どちらが良いという話ではない。
どちらにも違う魅力がある。
だから私は今日も、一人で気になった店へ気軽に入れる。
それが、soloeatという楽しみ方なのだと思う。


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